読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2010-01-01から1年間の記事一覧

大槻ケンヂ「新興宗教オモイデ教」

オーケンの処女小説が本書なんだそうで、これが胡散臭い宗教を扱っているからなかなか手を出す気にならなかったのだが、読んでみれば至極おもしろい本だった。新興宗教が舞台になっているのは間違いないのだが、本書で描かれるメインの要素は一種の超能力戦…

皆川博子「少女外道」

皆川博子の新刊が読めるとは僥倖ではないか。それも女史がもっとも得意とする短編集である。収録され ているのは七編、すべて戦争の影が色濃く落ちた作品である。 「少女外道」 「巻鶴トサカの一週間」 「隠り沼の」 「有翼日輪」 「標本箱」 「アンティゴネ…

迷い子

県境にある大きな橋まで30分。ぼくたちは無言で車に揺られていた。途中、蛇行する川のほとりにある 小さなバラック小屋に寄って、じゃい吉じいさんの様子を見る。いつものとおり、じいさんはぷっくり膨らんだ腹から膿を排出するゴム製のドレンを垂らして眠…

藤谷治「誰にも見えない」

主人公は14歳の女の子。彼女が誰に見せるでもなく思いのままを綴ったノートという体裁である。 これが、四十過ぎの親父が書いた本とは到底信じられない感性で描かれている。実際、中学生の女の子が読めばどれくらい違和感があるのか興味があったので、我が…

宇須里マナと師緒乃レイ

嘘みたいだった。彼女の唇はやわらかく吸いついてきた。 すべての夜が流れ、星が消えさり、部屋に音が満ちた。素敵な夜だった。 理解がついていかない。すべてを脳裏に刻みこもうと思った。笑い声と汗。 まだだ。まだだ。おれは天に昇った。 中は熱い。すご…

ポール・アンダースン「タウ・ゼロ」

本書が日本で刊行された当時(1992年)、それは一つの事件といってもいい話題となった。ま、それはSF好きの内輪だけの話なのだが、その興奮は本書の解説を読んでもよく伝わってくる。訳者の故浅倉久志御大はもとより、一般の人にもよくわかるように本…

朱川湊人「花まんま」

本書で描かれる世界は、ちょっと特殊だ。いや、もちろんこの著者のことだからファンタジーやホラーの要素が含まれているのは当然であって、ぼくが指摘しているのはその部分のことではない。 本書に収録されている六つの短編すべてにおいて、舞台は大阪の下町…

古本購入記  2010年5月

最近は、いっかな本を読む時間が捻出できなくて困っている。どういうこったろうね?そんなに生活パタ ーンが変わったわけでもないのに、ほんと不思議だ。でも、古本買いはコンスタントに続けていて、どん どん、どんどん本は溜まっていく。5月も驚くほどた…

中島らも「君はフィクション」

ほんとうに久しぶりの中島らもだ。「こどもの一生」以来だ。本書は短編集であり、12編収録されている。タイトルは以下のとおり。「山紫館の怪」「君はフィクション」「コルトナの幽霊」「DECO-CHIN」「水妖はん」「43号線の亡霊」「結婚しよう…

やさしい気持ちと素直なこころ

渇いた空気と広い空が気持ちのいい色 ぼくはその中を漂う ちくしょう、いい気持ちじゃないか この感動は誰にも伝えられない なぜなら、これはぼくが感じていることだから ぼくが感じている、この真実と同じ感覚は きっと誰にもわからないはず でも、伝えたい…

マックス・ブルックス「WORLD WAR Z」

本書を評するのにうまい言葉が見つからないので、ヤキモキしてしまう。感覚的には、あまりにも精密に作られたミニチュアを見ているようだった。それが、山や川や街があって、街の中には家やビルなんかがあり、その中には部屋もあって、家具も揃ってて人まで…

見知らぬ子を追いかけて

悲しい顔をした子供がいた。歳の頃は三つ四つ、鼻水で汚れた顔をして恨めしげな目でぼくをみている。 ぼくは、どうしたの?と声をかけようとするのだが、どういうわけか声が出ない。必死にしぼりだそうと すると、アー、ウーと意味不明な唸り声になってしま…

国枝史郎「神州纐纈城」

この本の存在を知ったのは小林信彦編の「横溝正史読本」でだったと思うのだが、ちょっと記憶が定かではない。でも、横溝正史が半村良、尾崎秀樹とともに講談社の国枝史郎伝奇文庫全28巻の編集委員に名を連ねていることからしても、おそらく間違いではない…

エマ・テナント「続 高慢と偏見」

高慢の象徴として描かれていたダーシーと結婚した偏見に凝り固まっていたエリザベスのその後が描かれている。豪華の極みのペンバリーの館での結婚生活は幸せ一杯だと思われていたのだが、エリザベスは子どもに恵まれないことで悩んでいた。そしてそれが原因…

クリスチアナ・ブランド「ジェゼベルの死」

ブランド・ミステリの中では、質量ともに少々小粒な印象を受けるかもしれないが、本書も読んでみればおわかりのとおり、その真相の悪魔的な衝撃で忘れられない作品となるだろう。 ぼくは本書を読んでカーの「妖魔の森の家」と同様の戦慄を体験した。まったく…

テルジの幽霊

ナッチとスグルがスカートめくりをして先生に怒られた日、ぼくの親友のテルジが車に轢かれて死んだ。 ぼくはそれを母ちゃんの悲鳴で知った。もう少しで食べてたトンカツを喉に詰まらせるところだった。 母ちゃんは電話を切ると、涙を溜めた目でぼくをみてテ…

門前典之「屍の命題  シノメイダイ」

これね、なかなかの傑作だとおもうのだが、どうなんだろ?久々に読んだ本格物で少し興奮しちゃったのかな?ぼくはとても楽しく読了できた。本書を読んだ誰もが感じることだろうが、ここで扱われるトリックはまったくもってバカミス街道まっしぐらで、もっと…

古本購入記  2010年4月

一言メッセージでも書いているが、最近ずっと「水曜どうでしょう」を観ているのである。これが、もう ひたすらめっぽう面白いのだ。この番組は何年も前に偶然テレビで観たことがあって、そのときはあの最 高傑作「四国八十八ヶ所巡りⅡ」の恐怖の一夜を観たの…

マリー・フィリップス「お行儀の悪い神々」

数多くのモンスターが登場するギリシャ神話は子どもの頃から大好きだった。スペクタクルの宝庫でもあり、謎と冒険に満ちた数々のエピソードに胸を躍らせたものだった。長じてからは、そのあまりにも人間臭い神々たちの振る舞いに魅了された。そう、ギリシャ…

北の所領

窓の近くを通ったとき、ツグミの激しい鳴き声が聞こえたので、思わず立ち止まって外を覗いた。 二羽のツグミがウバメガシの梢のまわりで激しく飛び交っていた。どうやら、巣を狙う外敵から卵を守ろうとしているらしい。 その必死な姿を眺めていると、アラン…

乾ルカ「メグル」

五編の短編が収録されているのだが、連作となっていてそれぞれが大学の奨学係の女性職員が斡旋するアルバイトを巡る話となっている。まず、この女性事務員が謎めいた存在なのだ。彫りの深い整った顔立ちなのにも関わらず、常に無表情で無機質な印象を与える…

皆川博子「水底の祭り」

久しぶりの皆川博子である。昨年の10月以来だ。本書は著者の第二短編集だそうで、ぼくが読んだのは文春文庫版なのだが、いまでは絶版のようである。でも、安くで出回っているようなので比較的手に入りやすい本のようだ。本書に収録されている作品は以下の…

ジェイン・オースティン&セス・グレアム・スミス「高慢と偏見とゾンビ」

というわけで、とうとう読んでしまった。 なんとも、これは奇妙なキワモノ本なのだ。でもそれが読了してみれば、至極当たり前に本編に忠実な仕上がりとなっていることに驚く。いや、これは本編よりも心情的に理解しやすくなっているともいえるのではないだろ…

ハイル、総統、ぼくたちに愛の手を!

フフフと笑った顔は不敵そのもの。緑色の光の中でその顔は醜くゆがんで見えた。 ぼくは驚いて思わず帽子をかぶりなおした。 「ハインリッヒ、それはきみの本心なのか?」 問いかけるぼくを無視して、ハインリッヒは前に向きなおり颯爽と馬をすすめた。シュヴ…

生ける屍考

いま「高慢と偏見とゾンビ」を読んでいるからではないのだが、ここのところゾンビ関係の作品がいろいろ目につくようになってきたので、ちょっとそのことについて書いてみようとおもう。 もともとぼくは世にいう『ゾンビ』物についてトラウマのようなものをも…

帝雲との会話

修行に出てから六日目のことだった。いつものごとく片腕のサージメント・スポイルを調整していた帝雲が何気なく言った一言におれはおもわずふかしていた萬キセルを取り落としそうになった。 なんだって?お前、それ本当か?」 ブラスドライブを全開にして回…

北原尚彦「首吊少女亭」

この本は『ふしぎ文学館』の頃から少し興味を持っていたのだが、今回文庫になったのということで読んでみた。作者の北原氏は生粋のシャーロキアンだそうで、本書に収められている12の短編のうち表題作以外は、すべてホームズの活躍したヴィクトリア朝を舞…

月村了衛「機龍警察」

パワード・スーツを着た警察のお話。しかし、本書はそれだけを売り物にした単なるロボット戦闘物の凡百作品とはまったく違った読後感をもたらす。 近接戦闘兵器体系・機甲兵装。通称キモノと呼ばれるその兵器は、身の丈3.5メートルあまりの二足歩行型軍用…

古本購入記  2010年3月

いつまでたっても控えることができない古本買い。どうしたものだろう?もう本当にやめた方がいいのに またフラフラと店に入って、じっくりゆっくり吟味し、いそいそとレジに向ってしまうのである。 そんなこんなで、今月も30作品32冊の本を購入してしま…

オースティン「自負と偏見」

かつて、文豪モームが世界の十大小説に選出したこともある本書は、読んでみればなんのことはない、幾組かの男女の恋愛模様を描いた、いたってノーマルな恋愛小説だった。 1800年代の長閑なイギリスの田舎で繰り広げられるドラマは、まるでコントのように…