読書の愉楽

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山田風太郎「室町お伽草紙」

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 これが伝奇物なのかというと、ちょっと頭をかしげてしまうのだが、時代物に区分けするのもなんだかしっくりこないし、一応この書庫に分類したいと思う。

 だって、この話まったくありえない話なのだ。なんてったって今ブームになっている戦国武将のオールキャストが一堂に会する夢の物語なのである。

 これぞ風太郎!というべきザッツ・エンターテイメントの物語。若き日の信長・信玄・謙信・弾正そして日吉丸(秀吉)が足利将軍の娘 香具耶姫をめぐってあれやこれやの卍巴の攻防を繰り広げるのである。

 そしてあろうことか最後にはこれらの武将たちが手を合わせるという快挙をみせてくれるから、たまらない。婆沙羅ぶりが頼もしい信長に、女人恐怖症の謙信、毛虫嫌いの信玄に風太郎作品ではおなじみの魔人・松永弾正。それぞれがキャラクターとして限りなくデフォルメされ、またそれがストーリーと呼応して独特の盛り上がりをみせる。他にも信玄の軍師山本勘介、信長の軍師明智光秀さらに塚原卜伝上泉伊勢守まで登場するのだから、テンションは上がりっぱなしなのだ。わかる人にはわかると思うが、これだけの豪華メンバーが登場する小説って無いのである。

 かつての忍法帖の世界を彷彿とさせる妖術「マラタトゥ」や「ア・カーン」という鳴き声で人の死を予言するアジャリ狐なども登場させてぼくみたいな忍法帖フリークへのサービスも忘れてないところがまた憎い。とにかく、本書が出た当時ぼくはこれをむさぼるように読んで、歓喜の涙を流した。風太郎はまだまだ健在だと安堵したのだ。だが、本書を刊行した四年後に「室町少年倶楽部」を刊行し、その六年後に彼はこの世を去ってしまった。

 ぼくにとっては、まさに『巨星逝く』という感じだった。だが風太郎こそ小説の神様だと信じる心はいまでも変わらない。彼こそが本当のエンターテイメントとしての小説家だ。彼のうしろに続く作家は数多くいるだろうが、彼を越える作家は今後も出てこないだろうと思っている。ぼくの中では、それほど重要な作家なのである。