読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

海外文学(その他)

レオ・ペルッツ「ボリバル侯爵」

1800年初頭、ナポレオンはスペインを征服せんとスペインの王を退位に追いこみボナパルト王朝を樹立してしまう。しかし、スペイン内地ではそのことを受け入れられない民衆が当時フランスと対抗していたイギリスと手を組みゲリラとして抵抗していた。やが…

J・L・ボルヘス「ブロディーの報告書」

ボルヘスの比較的後期の作品をまとめたのが本書なのだが、ここに収録されている作品の半分近くがボルヘスの生まれ育ったブエノスアイレスの無法者を扱ったものだ。場末の安酒場にたむろする人を殺めることなどなんとも思っていないならず者たち。そんな男た…

ローラン・ビネ「HHhH プラハ、1942年」

本書の素晴らしいところは、著者であるビネが歴史を掘りおこすにあたって、あくまでも史実に忠実であろうとした点だ。確かに過去の出来事は、自身がそれを体験した以外のことはすべてフィクションだといってもいい。なにしろそれを自分の目で見てないのだか…

コンラッド「闇の奥」

ぼくの中ではどうもコンラッドとメルヴィルが海と難解さという点で大いに重複する作家なのだ。つい先日メルヴィルの小品「ビリー・バッド」を読了し、間をおかずに本書を読んだわけなのだが、難解さという点では本書のほうが格段に上だった。 「闇の奥」は船…

ベルナルド・アチャーガ「オババコアック」

本書はなんの予備知識も持たずに読めば、なかなか翻弄されてしまう本なのだ。どういうことかというと本書は三つのパートに分かれていて、それぞれが独立したものとなっている。面白いのは、それがリンクし合っているとか、最後に円環が閉じる構成になってい…

アンリ・トロワイヤ「イヴァン雷帝」

同じ人間のした所業だとは思えない。本書で語られるのは本当の異界の物語だ。 紛争や戦争をしているところがあるとはいえ、現代の世界は概ね平和だ。ぼくが生きている今のこの世の中は間違いなく平和だ。 そして、この平和な世の中があたりまえだと思ってい…

イレーヌ・ネミロフスキー「フランス組曲」

作者であるイレーヌ・ネミロフスキーは、ロシア革命の時にフランスに亡命してきたユダヤ人であり、第二次大戦の頃、疎開先のブルゴーニュで憲兵に連行され、アウシュビッツで生命を落とした。彼女の夫もまたユダヤ人であったため一年後に連行され同じ運命を…

マリオ・バルガス=リョサ「アンデスのリトゥーマ」

アンデス山中のナッコスに治安警備隊伍長として赴任するリトゥーマのもとに行方不明者が出たとの知らせが入る。これで三人目の行方不明者だ。リトゥーマは助手のトマスと共に事の真相をつきとめようとするのだが、そこには完成することのない高速道路の建設…

エイモス・チュツオーラ「やし酒飲み」

けっこういろんな国の小説読んでいると自分で思ってたけど、アフリカの作家はこれが初めてだ。とても短い物語で、長さ的には中編程度なのだがその内容はとても濃い。なんせ、ここで語られる冒険行は十年以上の時を経ているのだから。 タイトルそのままのやし…

レオ・ペルッツ「夜毎に石の橋の下で」

1600年前後のプラハなんてまったく馴染みのない世界で、以前に皆川博子「聖餐城」を読んだ時には、よくこんな時代を舞台にしたものだと舌を巻いたものだった。世界史に疎いぼくは、この時代のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部らが一つの国家…

コルタサル「遊戯の終わり」

アルゼンチンの作家フリオ・コルタサルの短編集である。以前国書刊行会から単行本として刊行されていたが、長らく絶版だったのを岩波文庫から加筆、修正しての刊行なのである。だから、名のみ知る本を読めると思ってけっこう期待が大きかった。 ところがであ…

J・L・ボルヘス「汚辱の世界史」

本書に収録されているほとんどの作品はボルヘスの創作ではなくて原典があるものばかりだ。ようするにオリジナルの話ではないということ。収録作を挙げると 『汚辱の世界史』 ラザラス・モレル ――― 恐ろしい救世主 トム・カストロ ――― 詐欺師らしくない詐欺師…

ジュノ・ディアス「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」

本書で描かれているのは巨漢でオタクの女の子にまったくモテたことのない青年の情けない人生の話ではない。いや、それも描かれている。主人公であるオスカーはSFとファンタジーをこよなく愛し、自らもSF小説を執筆するアニメ狂いでロールプレイング・ゲ…

アイザック・ディネーセン「アフリカの日々」

あまりにも有名な自伝であり記録文学である本書は、著者が農園主としてアフリカで過ごした18年間の出来事を思い出すままに綴ってあるのだが、これがまさに豊穣というしかない読み物となっている。シドニー・ポラックが監督を務め、メリル・ストリープとロ…

カルロス・バルマセーダ「ブエノスアイレス食堂」

原題を見ると「Manual Del Canibal」とある。スペイン語はよく知らないが、それでもこれの意味するところが「食人者のマニュアル」だということはわかる。本書の1行目も以下のような出だしだ。『セサル・ロンブローソが人間の肉をはじめて…

莫言「牛 築路」

現在アジア圏で一番ノーベル賞に近い作家といわれている莫言の初期の頃の中篇二篇を収録。(ノーベル賞受賞しましたね) 「白檀の刑」を読んだときも感じたのだが、莫言という作家は一種の極限状態の中での食と暴力をことさら強調して描く作家で、そうするこ…

モーシン・ハミッド「コウモリの見た夢」

海の向こうの出来事ながら、9.11同時多発テロが我々に与えた衝撃は計りしれないものがあった。旅客機がビルに突っ込んでゆくという映画の中でも観ることのできないような凄まじい映像と、その後に続く貿易センタービルの崩壊。もう十年近くになるが、あの時…

マルコス・アギニス「天啓を受けた者ども」

前回の「マラーノの武勲」は歴史小説だったのだが、今回は現代が舞台の大きな括りでいえば犯罪小説である。 南米と北米を股にかけた麻薬がらみのクライム・ノベルといえば、まだ記憶に新しいウィンズロウの「犬の力」が思い浮かぶが、本書はそれと同じ題材を…

ガブリエル・ヴィットコップ「ネクロフィリア」

やはりフランスには怪物が多いのである。サド、バタイユ、ジュネ、セリーヌ、マンディアルグの系譜に連なる新たなる暗黒文学の精華が本書「ネクロフィリア」なのである。 ここで、忠告。以下、本書に関するぼくなりの感想を書いていきますが、扱っている題材…

マルコス・アギニス「マラーノの武勲」

もともとぼくは無宗教で、神の存在はこれっぽっちも認めていない。しかし、宗教を否定しているわけではなく、それぞれの宗教の成り立ちや歴史の中での役割などには興味をもっている。 そう、人類の歴史を語る上で宗教というものは避けて通ることのできない重…

ピエール・ド・マンディアルグ「城の中のイギリス人」

ずっと以前にフランスの作家には怪物が多いなんて話をしたことがあるが、このマンディアルグもとんでもない怪物なのである。そんな彼の問題作がこのたび復刊されたので、簡単に紹介しておこうと思う。本書は訳者である澁澤龍彦をして『エロティシズム文学の…

カーレド・ホッセイニ「君のためなら千回でも」

「本が好き!」の献本である。 2007年の暮れに献本いただいてたのに、いままで読まずにおいてあった。一度は手に取ったのだが、どうも入り込めなかったのだ。本書はアフガニスタン生まれの作家カーレド・ホッセイニのデビュー作である。我々日本人には縁…

L・V・S = マゾッホ「聖母」

マゾッホといえば、被虐的な性愛を意味するマゾヒズムの語源となった作家として認識しているだけで、それ以上でも以下でもない評価しかなかったのだが、本書を読んでその認識を少しあらためた。 本書の舞台はロシアの片田舎。農夫のサバディルが森を逍遥して…

フィリップ・グランベール「ある秘密」

本書もキャスリン・ハリソンの「キス」と同様に事実に則した話であり、家族の間に横たわる暗い秘密を暴露するという非常に切実で胸の痛い内容となっている。まず驚いたのが第二次大戦当時、フランスでもユダヤ人狩りが行われていたという事実だ。不勉強にも…

ブッツァーティ「神を見た犬」

巷で話題になった、この光文社古典新訳文庫の初読み作品は本書「神を見た犬」となった。 ブッツァーティといえば、以前「待っていたのは」という短編集を読んで大変感心したのだが、本書はイマイチ乗れなかった。 本書に収められている作品の多くに、奇想作…

ディエゴ・マラーニ「通訳」

なかなかの怪作だ。物語の進行方向が奇妙な具合にねじれていくのがおもしろい。 物語の主人公はジュネーヴの国際機関で同時通訳をしているセクションの責任者であるフェリックス・ベラミー。彼の部下である一人の通訳が仕事に支障をきたすほど奇妙な行動に出…

アレッサンドロ・バリッコ「絹」

つい先日公開された映画「シルク SILK」の原作である。バリッコの本では「シティ CITY」が一番おもしろそうだと思うのだが、とにかく映画が公開されたので本書を読んでみた。こういうきっかけでもないと10年も本棚にしまいこまれたままの本は読む…

カール=ヨーハン・ヴァルグレン「怪人エルキュールの数奇な愛の物語」

刊行された当初から気になっていたこのスウェーデン人作家の怪作である。いや怪作といってしまえば語弊があるかもしれない。なぜなら本書はタイトルが示すとおり『愛の物語』なのだから。 物語の舞台は19世紀初頭のドイツ。ザックへニンにあるマダム・シャ…

アンリ・トロワイヤ「ユーリーとソーニャ  ロシア革命の嵐の中で」

以前トロワイヤの「サトラップの息子」を読んだのだが、そこではロシア革命の戦渦を逃れてフランスに亡命してきたトロワイヤ親子が描かれていた。この作品は、小説家トロワイヤの真価が遺憾なく発揮された傑作で、小説好きの方なら誰にでも胸をはってオスス…

レナーテ・ドレスタイン「石のハート」

家族全員を一瞬の内に失ってしまったエレン。惨劇は彼女が12歳のときに起こった。いったいエレンの家族に何が起こったのか?惨劇から30年を経てエレンは、あの家をまた訪れる。 とても惹きつけられた。子を持つ親としてちょっと耐えられないショッキング…