読書の愉楽

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アンリ・トロワイヤ「ユーリーとソーニャ  ロシア革命の嵐の中で」

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 以前トロワイヤの「サトラップの息子」を読んだのだが、そこではロシア革命の戦渦を逃れてフランスに亡命してきたトロワイヤ親子が描かれていた。この作品は、小説家トロワイヤの真価が遺憾なく発揮された傑作で、小説好きの方なら誰にでも胸をはってオススメできる作品である。

 

 それはさておき本書なのだが、ここでは「サトラップの息子」で描かれた以前の物語が語られる。

 

 おそらくここで描かれる出来事は、トロワイヤ自身が体験したものなのだろう。トロワイヤはこのとき5歳だったそうなのだが、本書の主人公であるユーリーは11歳に設定されてる。そこらへん、物語としての結構を保つため脚色してあるらしい。しかし、本書はロシア革命という激動の時代をくぐり抜けてきたトロワイヤにしか書けない物語であることは間違いない。

 

 昨日までの隣人が敵に変わる恐怖。ブルジョアと罵られ、面罵される日々。そして決死の逃避行。

 

 大人の目で見れば、こんな体験とてもじゃないが耐えられない。昨日までの豊かな生活が一気にホームレス同然の暮らしに変わってしまうなんて、考えただけでもおぞましい。しかし、主人公であるユーリーはそこに冒険の息吹を感じるのである。豊かだが単調な毎日、貴族然とした親の子としての堅苦しい生活、底辺の人々と比べれば雲泥の差であるこの暮らしが、11歳のユーリーにとっては決して幸せだったとはいえなかったのである。

 

 それがロシア革命によって覆された。ポリシェヴィキの目をかいくぐり家畜用車両に乗って、貧民と一緒に果てしない列車の旅に出る家族。ぎゅうぎゅうに押し込まれ糞尿の匂いにまみれながら、いつ捕まるかと警戒しながら旅を続けるこの困難さがユーリーにとっては冒険の日々だったのである。

 

 だから本書に暗さはない。描かれる事実は悲惨なものなのだが、それが冒険に目を輝かせた少年の体験として語られるので、全体のトーンは意外と明るいのだ。

 

 だが、ラストにおいてこの少年はとても辛い思いをすることになる。これはぼくも読んでいて辛かった。

 

 愛する人と引き裂かれるという体験は、まさに胸を引き裂かれるような出来事なのだ。まして、それがこんな形でおとずれるなんて。

 

 本書は児童書である。だが、これは大人が読むべき本のように思える。過酷な歴史の事実と共にトロワイヤが本書にこめた思いは、大人であるからこそ身にしみて感じ入ることができるのではないかと思うのである。祖国を失くすという前代未聞の出来事を体験したトロワイヤは、いったい本書に何をこめたのか?

 

 これは各人各様に解釈できると思うのだが、決して子どもには理解できない事柄だと思うのである。