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J・L・ボルヘス「汚辱の世界史」

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 本書に収録されているほとんどの作品はボルヘスの創作ではなくて原典があるものばかりだ。ようするにオリジナルの話ではないということ。収録作を挙げると

 

 『汚辱の世界史』

 

   ラザラス・モレル ――― 恐ろしい救世主

 

   トム・カストロ ――― 詐欺師らしくない詐欺師

 

   鄭夫人 ――― 女海賊
  
   モンク・イーストマン ――― 無法請負人

 

   ビル・ハリガン ――― 動機なき殺人者

 

   吉良上野介 ――― 傲慢な式部官長

 

   メルヴのハキム ――― 仮面をかぶった染物師



 『薔薇色の街角の男』

 

   薔薇色の街角の男

 

 
 『エトセトラ』

 

   死後の神学者

 

   彫像の間

 

   夢を見た二人の男

 

   待たされた魔術師

 

   インクの鏡

 

   マホメットの代役

 

   寛大な敵

 

   学問の厳密さについて

 

 この中でボルヘスのオリジナル短編は「薔薇色の街角の男」のみ。これはブエノスアイレスの低俗な場末に集う無法者たちをスケッチしたような作品でここに登場するある人物が後期短編集の「ブロディーの報告書」に収録されている「ロセンド・フアレスの物語」で再登場する。
 それはさておき、本書の他の作品に目を向けると、タイトルになっている「汚辱の世界史」の数編は、ボルヘスのセレクトによる悪党列伝である。見ればわかるとおりここで取り上げられている人物たちのほとんどはあまり馴染みのない者ばかりで、ぼくが知っているのはビリー・ザ・キッドで名を知られているビル・ハリガンと吉良上野介ぐらい。しかし、そこがブッキッシュなボルヘスの凄いところで、こういう題材を引っぱりだしてくること自体に驚いてしまう。それは『エトセトラ』の数編も同じことで、ここでは千夜一夜物語やその他の原典から抜き出したいわゆるショート・ショート的な巧みな物語が列挙されていて、こういうのをセレクトしてくるボルヘスの広大な知性の沃野に驚いてしまうのである。それは貧弱な土台の上に建てられたハリボテではなく、堅固で広大な敷地にひろがる夢の宮殿なのだ。おそらくこれに匹敵するのはトマス・ハリスの創造したハンニバル・レクター博士の『記憶の宮殿』ぐらいなものだろう。

 

 冗談はさておき、本書は難解だといわれるボルヘスの本の中でも、とても読みやすい軽めの本なのである。だから、彼の名に臆している方でも気軽に手にとられることをオススメする。事実上の彼の最初の短編集なのだから、読み始めとしても最適でしょ?