読書の愉楽

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レオ・ペルッツ「夜毎に石の橋の下で」

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 1600年前後のプラハなんてまったく馴染みのない世界で、以前に皆川博子「聖餐城」を読んだ時には、よくこんな時代を舞台にしたものだと舌を巻いたものだった。世界史に疎いぼくは、この時代のドイツ、オーストリアチェコ、イタリア北部らが一つの国家として『神聖ローマ帝国』などという名で呼ばれていたことを先の「聖餐城」を読んで、忘却の彼方からうっすらと思い出したくらいなのだが、これほど想像を絶する舞台設定なのに、本書はまったくもって抜群の面白さなのだ。

 

 だから、なんかとっつきにくいなと感じてる方がおられたら、迷うことなく読んでいただきたい。本書は翻訳本好きや幻想小説好きにはまたとない贅沢な至福の読書を提供してくれるのだから。

 

 では、簡単に本書の魅力を紹介してみよう。まず本書を開くと、十五ものこまかい章に分かれていることに気づく。一つ一つ読んでいくと、これがそれぞれ独立した短篇の仕様になっていることがわかってくる。舞台は神聖ローマ帝国。しかし時代は短篇ごとに変わっていて、系列も一直線ではない。行きつ戻りつしながら蠱惑のヴェールに包まれた魔術と幻想の世界を味わうことになる。この各短篇が素晴らしく、それぞれ市井の人々や時の皇帝や伝説のユダヤの大富豪などを主人公にして語られるのだが、まるで機知に富んだ昔話のように秀逸なおとしばなしになっていて、飽きさせないのである。そして読み進めていくにつれて独立していたかにみえたそれぞれの話の中に幾つかのキーワードが浮上してくることに気づくことになる。

 

 ルドルフ2世、ユダヤ人の富豪モルデカイ・マイスル、ゴーレム伝説で有名なラビ・レーウそして薔薇とローズマリー。これらが巡り巡って、こちら側、あちら側と違った角度から語り起こされ、やがて大きな主軸が現れるのである。最後に本書の目次を挙げておこう。



 ユダヤ人街のペスト禍

 

 皇帝の食卓

 

 犬の会話

 

 

 地獄から来たインドジフ
 
 横取りされたターレル銀貨

 

 夜毎に石の橋の下で

 

 

 画家ブラバンツィオ

 

 忘れられた錬金術

 

 火酒の壺

 

 皇帝の忠臣たち

 

 消えゆくともし火

 

 天使アサエル

 

 エピローグ
 これらのタイトルを見て興味を惹かれた方は是非お読みください。