読書の愉楽

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マルコス・アギニス「天啓を受けた者ども」

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 前回の「マラーノの武勲」歴史小説だったのだが、今回は現代が舞台の大きな括りでいえば犯罪小説である。

 

 南米と北米を股にかけた麻薬がらみのクライム・ノベルといえば、まだ記憶に新しいウィンズロウの「犬の力」が思い浮かぶが、本書はそれと同じ題材を扱いながら、そこにカルト集団や人種差別、さらに七十年代に実際に起こったアルゼンチンの『国家によるテロ行為』で消えてしまった人々の問題なども盛り込んだ意欲作なのである。

 

 本書のタイトルになっている「天啓を受けた者ども」というのは『天国の到来を声高に告げながら地獄を生み出している』者どものこと。つまりそれは悪に染まった者どものことである。

 

 本書に登場する「天啓を受けた者ども」の一人は幼い頃に脳炎に罹り生死をさまよいながらも聖書にでてくる預言者エリシャに救われ生還したアメリカ生まれの少年ビル・ヒューズ。彼は長じて、カルト集団を率いる危険人物になる。もう一人はキューバ人でありながら、亡命したアメリカでベトナム戦争に従軍しその辣腕でのし上りアルゼンチン政府に食い込んで麻薬ビジネスの王にまで上り詰めたウィルソン・カストロ

 

 そして善の象徴として描かれるのがアルゼンチン軍政下の『国家によるテロ行為』で両親と姉を虐殺されて遺児となったダミアン・リンチ。この三者が絡まり思惑を秘めながら物語はどんどん加速していく。

 

 各章でそれぞれの登場人物の背景が丹念に描かれ、それが一つに絡まり物語として集約されていくさまは壮観だ。いうなれば、それが本書の最大の醍醐味でもあるのだが、その堅実で丹精な筆運びは読んでいてとても安心でき、尚且つ年代記風の特大の読み応えを保証してくれる。

 

 上下二段組で500ページという「マラーノの武勲」と同じ分量の本書は、その分厚さに正直二の足を踏んでしまいそうになってしまうのだが、読み出してみればグイグイと引き込まれるのは必須である。どうか怖気づかずトライしてみて欲しい。至福の読書時間を約束いたしましょう。