読書の愉楽

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カール=ヨーハン・ヴァルグレン「怪人エルキュールの数奇な愛の物語」

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刊行された当初から気になっていたこのスウェーデン人作家の怪作である。いや怪作といってしまえば語弊があるかもしれない。なぜなら本書はタイトルが示すとおり『愛の物語』なのだから。

 

物語の舞台は19世紀初頭のドイツ。ザックへニンにあるマダム・シャールの娼館で二人の娼婦が子どもを産みおとす。だが猛吹雪のあまりにもゴシック的な興趣の中で産まれた子は、美しい女の子と世にも醜い怪物だったのである。この怪物の奇怪さを伝えるために少し本文を引用したいと思う。

 

『産道からのぞいている頭蓋は異様なほど大きく、そのせいで母親の骨盤はまっぷたつに裂けていた。こちらを向いている顔は正視に堪えぬものだった。重度の口蓋裂で、鼻も鼻孔も存在しない。顔の真ん中で
赤黒いうろがにやりと笑いかけ、その椀の形をしたぎざぎざの縁が、目の高さまで達している。禿げた頭には、蛇の化石を思わせる黒ずんだ奇妙な隆起がいくつも走り、舌の先端は蛇のようにふたつに割れている。こめかみのあたりは瘤やら腫瘍やらででこぼこで、あざのある肌は鱗で覆われていた。耳殻は影も形もなく、外耳道では増殖し、石化した皮膚が何重もの襞になっていた。おそらく耳は聞こえないだろう。肩から腕と手とおぼしき塊が突き出していたが、医師はそれを見て、ゆでた小ぶりの根菜を連想した。』

 

どうだ、この異様さは。エレファントマンより酷いではないか。もちろんこの怪物を産んだ娼婦はお産で命を落とす。同じ嵐の夜に生まれた二人の子は一緒に育てられ、お互いを強く結びつけるようになる。だが運命は二人を引き裂き、怪人エルキュールは生涯をかけて愛する人を探し求めるのである。

 

物語はドイツにはじまり、ローマ、スウェーデンアメリカと舞台をうつす。数々の苦難にあうエルキュールを支えているのは愛するヘンリエッテに会いたいという強い思いだけである。彼は、化け物としての生涯を余儀なくされたかわりに他人の頭の中に入り込めるという特殊な能力を授けられていた。また、頭の中をのぞくだけでなく、そこに自分の意思を伝えて他人を操作するというジェダイの騎士のような能力まで持っていた。

 

悪魔の子として異端審問官やヴァチカンの秘密結社サピニエーリの刺客に追われながらも、彼は特殊な能力と一途な思いを胸に愛するヘンリエッテを求めて旅を続ける。

 

いやあ、おもしろかった。不満をいえば、エルキュールの外見の特異さが目立つだけで内面についての描写が少ないと感じたくらいで、あとは波乱万丈の物語を思う存分楽しんだ。この愛と復讐の物語は、忘れかけていた子どもの頃のワクワクするような純粋な読書体験を思い出させてくれた。オススメである。