読書の愉楽

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アレッサンドロ・バリッコ「絹」

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つい先日公開された映画「シルク SILK」の原作である。バリッコの本では「シティ CITY」が一番おもしろそうだと思うのだが、とにかく映画が公開されたので本書を読んでみた。こういうきっかけでもないと10年も本棚にしまいこまれたままの本は読むこともないだろう。

本書は変わった形式の物語だ。短い章割りでたった160ページの中に65も章があるのだ。音楽学者でもあるバリッコは本書をひとつの音楽としてとらえ、章を短くしたり反復を多様することによって、読む者に自然とリズムを刻ませることに成功している。

フランスで絹により財を成したエルヴェ・ジョンクールは疫病で壊滅した蚕のかわりを求めて、当時世界の果てといわれていた日本へと旅立つ。時は1861年、日本は風雲急をつげる幕末の時代。鎖国は解けていたが、公に蚕の取引は行われていなかった。密入国で日本にきたジョンクールは、深遠なる山奥の小さな村へと案内される。夢の中のような幻想的な日本で、彼は一人の女性と出会うことになる。

この物語にリアリティを求めてはいけない。作者自身巻頭で日本の読者に向けて一言述べているように、本書で描かれる日本は西洋の人々が理想郷として思い描いている幻想の日本である。そういった意味ではこの物語はファンタジーとして読み解くべきなのかもしれない。フランスでの現実的な生活と、長い長い旅路の果てに辿りつく幽玄な桃源郷としての日本。山に囲まれた静かで厳粛な世界。触っている感覚がないほど軽く滑らかな絹の手触りにも似た官能美。本書は物語を堪能する類の本ではない。ぼくの好みとしてはそちらのほうが好きなのだが、本書にそれを求めてはいけない。

バリッコの試みは、奇妙な余韻を残す。作品としての完成度とか、小説としての可能性とか、そういうたいそうな御託は並べられないが、この短い話には確かに余韻がある。映画を観るのが楽しみだ。