読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

マリオ・バルガス=リョサ「アンデスのリトゥーマ」

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 アンデス山中のナッコスに治安警備隊伍長として赴任するリトゥーマのもとに行方不明者が出たとの知らせが入る。これで三人目の行方不明者だ。リトゥーマは助手のトマスと共に事の真相をつきとめようとするのだが、そこには完成することのない高速道路の建設に携わる山棲みのインディオたちや、精霊をあやつる魔女、すべてを掌握するかのような邪悪で陽気な酒場の主人などが犇めいており、捜査自体もすんなりいくことがない。同じくしてペルーには革命の嵐が吹き荒れ、土くれ(テルーコ)と呼ばれるテロリストたちが理不尽な粛清をわが物顔でくり返しており、リトゥーマたちもいつ命を落とすことになるかと戦々恐々とする毎日。そんな息抜きのない殺伐とした日々の中で唯一リトゥーマの心を慰めるのは、夜毎に助手のトマスが語る過去の恋愛劇。こうして三人の行方不明者の謎とトマスの恋の行方が交互に語られてゆくのだが・・・・・。

 

 「誰がパロミノ・モレーロを殺したか」と同じくして本書もミステリ仕立てで話はすすめられてゆく。どうして三人の男が消え去ってしまったのか?彼らの身にいったい何が起こったのか?その謎が一本の大きな筋として本書の屋台骨となっているのだが、リョサはそこにある意味実験的な手法で助手であるトマスの恋愛劇をからめてゆく。このパートは最初読んでいて少し戸惑ったが、慣れてしまえばなんとも新鮮な印象を受けた。ジョイスの意識の流れを写実的に置きかえたような手法で、カットバックをこれほど効果的に描いた作品をぼくは知らない。画期的だ。

 

 また話の内容もペルーの歴史をなぞり、インカ帝国アンデス文明を起源とするインディオの言い伝えとリンクしながら様々な神話の意匠をまとってシンボリックに展開してゆく。ここらへんは深く分けいれば分けいるほど多くのメタファーを解釈してゆくことになるだろう。
 
 「緑の家」、「誰がパロミノ・モレーロを殺したか」と続いて三作目となるリトゥーマ登場作である本書は、ラテンアメリカという豊かな土壌を舞台にした濃密な物語であり、リョサの小説技法を充分堪能できる意欲作でもある。かといって決してとっつきにくい本ではなく、まだリョサの本を読んだことのない方でも気軽に手にとることのできる本だとも思う。是非多くの方に読んでいただきたいものだ。