読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

莫言「牛 築路」

イメージ 1

 現在アジア圏で一番ノーベル賞に近い作家といわれている莫言の初期の頃の中篇二篇を収録。(ノーベル賞受賞しましたね)

 

「白檀の刑」を読んだときも感じたのだが、莫言という作家は一種の極限状態の中での食と暴力をことさら強調して描く作家で、そうすることによって日常から乖離したマジックリアリズム的な伝奇風とも神話風ともいえる雰囲気を醸し出して読者を魅了する。
 
 本書に収録されている二篇も文革時代を舞台にした中篇でまるで辺境のような寒村を舞台に現代日本では考えられないような出来事を描いている。
 
 「牛」は貧しさゆえに三頭の牡牛の去勢手術をするところから物語がはじまる。文革時代の特殊な状況下で人民公社や生産隊などというやっかいなシステムのもと著者が投影されているとおぼしき羅漢(ルオハン)という少年の目をとおして事の顛末が語られる。まず驚くのが牛の去勢手術方法だ。まさかそんな大胆な方法で施術されるとは思わなかった。このあたりから読者は間違いなく莫言の描く濃密な物語世界にしっかりと首根っこをつかまれてしまうことになる。取り出されたぴくぴくしている睾丸を集めて料理して食うという場面にも驚くが、そうまでしないと肉になどありつけない当時の状況が切実でもあり滑稽でもある。去勢手術の術後経過が悪く一頭が瀕死の状態となり、獣医に診せるために人民公社への長い道のりを牛を引きつれて踏破することになるのだが、それがとんでもない事件を巻き起こすことになる。
 
 「築路」は罪を犯した者たちが更生のため道路工事の人夫として使役させられている現場で起こる一連の群像劇だ。脛に傷もつ身の男たちゆえそれぞれの過去にも尋常でない出来事が描かれるのだが、そういうひと癖もふた癖もある男たちがおとなしく使役につくわけはなく、さまざまな出来事が予兆を孕んで進行してゆく。冒頭でも書いたが莫言という作家は食に関して異常な執着をみせる。「白檀の刑」でも描かれていたが本書でも犬の肉を食う場面が出てくる。これが強烈な印象を残すのだが、前回は食材と料理として出てくるだけだったのが、今回は犬そのものを狩る(釣る?)場面が描かれていてなんとも惨たらしい印象を与える。またそれが因果となってラストでさらに凄惨な出来事に遭遇することになるのもいかにも莫言らしい神話性だといえるだろう。極限に近い状態で発露する人間の欲望がこれでもかと描かれる本編を読めば「牛」がとても牧歌的に見えてくるから不思議だ。

 

 というわけで、久しぶりに読んだ莫言、またしても大満足の一冊なのでありました。ただ一つだけ難をいうならば、本書の誤植の多さに辟易したことだろう。これだけ多くの間違いがあると少し興醒めだ。ぼくが読んだのは第一刷だったが、何刷になっているのか知らないが改定されていることを願うばかりである。