読書の愉楽

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エイモス・チュツオーラ「やし酒飲み」

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 けっこういろんな国の小説読んでいると自分で思ってたけど、アフリカの作家はこれが初めてだ。とても短い物語で、長さ的には中編程度なのだがその内容はとても濃い。なんせ、ここで語られる冒険行は十年以上の時を経ているのだから。

 

 タイトルそのままのやし酒飲みが本書の主人公。でも驚くなかれこの男、十歳の頃からやし酒を飲みたおしているのである。ここで、ぼくはやし酒なるものが実在するのかどうかを調べてしまう。すると、本当にあるようなのだ。ヤシの樹液を醗酵させて作るらしい。本書のやし酒はヤシ園で採取してくるような書き方だったが、とにかく実在するらしい。このやし酒なるものを想像して『はじめ人間ギャートルズ』に出てきた「さる酒」を思い浮かべた人も少なくないのではないか?あちらは、猿に果物を噛ませてそれを吐き出させ醗酵させるという作り方だったように記憶しているが、いまの三十代、四十代の人はきっとあの旨そうな「さる酒」とダブらせながら本書を読んでいたに違いない。

 

 それはさておき、やはりアフリカの物語ともなると、われわれの想像力を遥かに凌駕するとんでもない世界が描かれているのである。この冒険行の基本ラインはあまたあるファンタジーの常套である『クエスト』だ。本書で探すことになるのは死んでしまったやし酒作り名人。浴びるほどやし酒を飲んでいる主人公は、この世で死んだ人は、みんなすぐに天国へは行かないで、この世に住んでいるものだ、という古老の言葉を信じ、またやし酒を作ってもらうために、死んでしまったやし酒作り名人が住んでいるであろう死者の国を探して長い長い旅に出るのである。そして巡りあう数々の冒険。これが常識にとらわれているわれわれの頭に風穴を開ける勢いのとんでもない代物で、登場する怪物の造形然り、それぞれのエピソードの展開然り、話の決着の付け方然り、すべてにおいて破天荒であり自由自在。どう逆立ちしたって日本人のわれわれの頭では考えつかないようなものばかりなのだ。だって『その目は、誰かを見ている時はいつでもグルグル回転していた』なんて描写どうやったら思いつく?

 

 訳文も作者であるチュツオーラが拙い英語で書いたものを忠実に再現しているからか、物語の基本である口承の雰囲気をうまく伝えており、それがひとつの薬味となって本書を盛り上げる。ぎこちなく、完成されていない印象を与えるのに、それがかえってこちらの心に響いてくる。

 

 また、やし酒作り名人の探索で始まった物語は、驚くことにその発見で閉じられない。未読の方のために詳細は語らないが、ここで物語はファンタジーから完璧な神話伝承へとシフトしてしまう。この自由自在さがまさに本書の魅力だと思う。アフリカ文学おもしろいね。