読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

アイザック・ディネーセン「アフリカの日々」

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 あまりにも有名な自伝であり記録文学である本書は、著者が農園主としてアフリカで過ごした18年間の出来事を思い出すままに綴ってあるのだが、これがまさに豊穣というしかない読み物となっている。シドニー・ポラックが監督を務め、メリル・ストリープロバート・レッドフォードが主演した「愛と哀しみの果て」という映画を観た方もおられると思うが、あの映画の原作としても本書は有名である。でも映画を観て本書を読んだ気になっている人がいたなら、それはおおきな間違いだ。だって、本書でデニス・フィンチ-ハットンが登場するのは数十ページだけなのだから。
 
 本書の魅力は数多くあるのだが、とにかくアフリカという雄大で限りない可能性を秘めたきかん坊のような場所の魅力が第一にあげられるだろう。著者がこの地で過ごした1914年からの18年間は、アフリカが文明をひたすら拒んでいた時代であり、独自の発展を遂げてきたこの未開の地ではまだ神々の息吹や自然のもつ力強さがじかに肌に感じられたのだ。そこに住む人々は呪術を信じ、運命には逆らわず独自の見解と常識をもって神と共に日々を過ごしている。そんな土地の人との交流や、ディネーセンと同じようにアフリカで生計をたてている白人たちとの語らい、そして時には猛々しい横顔をみせる野生の動物たちとの出会いが静かな小川のような筆勢で綴られてゆく。文明社会に生きる人にとってはそのエピソードのひとつひとつがまさに驚きと発見の連続で、それがどれほど不自由な生活だったとしても一種の憧れをおぼえずにはいられない。

 

 またそれらの出来事を綴るディネーセンの文章が素晴らしい。確固たる信念に貫かれたブレることのないまっすぐな言葉と詩人の資質を感じさせる感性にあふれた描写。ぼくが感心したのはこんな描写だ。

 

『象たちは、世界の果てに約束があるといった様子で、ゆっくりと、決然たる歩調で進んでいった。』まるでその情景が眼に浮かぶようではないか。それも限りなく神々しい雰囲気で。

 

 本書を読んでいる間、心からこの時間を大切にしたいと思った。ほんと素晴らしい読書体験だった。