読書の愉楽

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レオ・ペルッツ「ボリバル侯爵」

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 1800年初頭、ナポレオンはスペインを征服せんとスペインの王を退位に追いこみボナパルト王朝を樹立してしまう。しかし、スペイン内地ではそのことを受け入れられない民衆が当時フランスと対抗していたイギリスと手を組みゲリラとして抵抗していた。やがてフランス軍はその抵抗に屈しスペインから完全に撤退することになる。本書で描かれる物語は、フランス軍が撤退する少し前の話、スペイン占領時のフランス軍がゲリラの抵抗によって一つの街で壊滅に追いこまれる話なのである。

 

 この時代の歴史にまったく疎いぼくは、本書に登場するフランス軍の兵がみなドイツ人なのにまず驚いた。これは当時のドイツ(神聖ローマ帝国)がライン同盟としてナポレオンの麾下にあったためで、盟約国としてフランスの戦争も参加していたためだそうな。

 

 さて以上のことが本書を読む上でのバックグラウンドなのだが、ここでペルッツが描くのは渦中の人物が不在なのにも関わらずその人物の意志がまるで呪いのように成就してしまうという不思議だ。渦中の人物とはタイトルにもなっているボリバル侯爵。彼はその地では民衆の尊敬を一身にあつめる有力者でありゲリラと結託してフランス軍を壊滅させる作戦をたて、それを開始する三つの合図を決める。しかし、偶然にもその情報は占領軍のドイツ将校たちにも知れることになる。前もってわかった合図ゆえ、それを未然に防ぐことは可能なはずであり、実際ボリバル侯爵は合図を出せない状況に追いこまれる。しかし三つの合図は不在の意志により見事決行され、彼らを破滅へと追いこんでゆく。

 

 どうして合図を出すべき人物が不在なのに合図は成され、計画は成就したのか?それが本書の読みどころであり、ペルッツの仕掛けた巧緻な伏線の妙なのだが、はっきりいってその理由は本当にばかばかしいものなのだ。だってドイツの将校たちはまるで俗物で、みんながみんなあるものに執着したがために破滅へのカウントダウンは着実にカウントされてゆく。

 

 ペルッツの本はこれで二冊目、前回も今回もまるで知らない時代の歴史物だったが、これが意外と楽しめた。こうなればペルッツの本はすべて読みたいと思ってしまう。「第三の魔弾」、「最後の審判の巨匠」の二作品、絶対読まねばなるまいて。