読書の愉楽

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ジュノ・ディアス「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」

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 本書で描かれているのは巨漢でオタクの女の子にまったくモテたことのない青年の情けない人生の話ではない。いや、それも描かれている。主人公であるオスカーはSFとファンタジーをこよなく愛し、自らもSF小説を執筆するアニメ狂いでロールプレイング・ゲームに夢中のまごうことなきオタクだ。思春期をむかえるころから絶望的に太りはじめた彼は、女の子に対する異常な関心を胸に秘め、だが不器用で無様ゆえまったく相手にされないというなんとも情けない状況におちいっていた。それだけだとさほど目新しくない体裁の本なのだが、本書はそこにドミニカ共和国で恐怖の独裁政治を敷いた悪名高きトルヒーヨの冷酷で残忍な歴史をからめているのである。

 

 それはオスカーの家族の歴史だった。彼の母、そして祖父の家族がたどった恐怖政治の時代。誰もが密告者となり、誰もが信用できなかった最悪の時代。本文の原注によるとトルヒーヨはサウロン(「指輪物語」に登場する冥王。身の毛もよだつ者)であり、永遠の独裁者で、あまりに異様で邪悪で恐ろし過ぎて彼のような登場人物はSF作家でさえ思いつけないほどであった――――という。

 

 まったく悪夢だ。トルヒーヨはドミニカの白人化を理想にハイチ人の大虐殺を命じ、3000人以上の罪もない人々の命を奪い、目に入るすべての気に入った女を見境なく自分のものにし、言いがかりのような理由であらゆる人々を投獄し拷問し、その財産を奪い尽くした。

 

 オスカーはアメリカに住む青年だ。だが彼の故郷はドミニカであり、彼の家族の歴史はドミニカと共にあった。自由な筆運びのように見せながら、かなり周到に配置された章割りによって、現代と過去を微妙にオーバーラップさせながらオスカーと彼をとりまく世界が語られる。

 

 そこで随所にまぶされるのがオタク文化の膨大な知識の数々。マーベル・コミックスやDCコミックス「指輪物語」、スティーヴン・キング、「スタートレック」、「AKIRA」そして数々のSF映画やドラマに小説。これが随所に挿入されていて、ある意味ポップな雰囲気を醸し出している。オタク文化とドミニカの暗い歴史。この二つがからまることによって本書は唯一無二の存在となりえている。

 

 とにかく、読んで面白い小説だった。つい先日読むのを断念したリョサの「チボの狂宴」への反論的な意見が述べられているのも興味深かった。ペルーの白人であるリョサが何をわかったふりをしてドミニカのことを語っているのか!ということなのだ。こうなると、やはり「チボの狂宴」も読みたくなってくるのが人情というもの。そのうち読むことにしよう。