読書の愉楽

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ポール・アンダースン「タウ・ゼロ」

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 本書が日本で刊行された当時(1992年)、それは一つの事件といってもいい話題となった。ま、それはSF好きの内輪だけの話なのだが、その興奮は本書の解説を読んでもよく伝わってくる。訳者の故浅倉久志御大はもとより、一般の人にもよくわかるように本書の要である恒星間ラムジェット推進について懇切丁寧な解説を書いておられる金子隆一氏もその興奮をかくすことなく伝えている。

 では、何がそんなにスゴイのか?この現代SF史上に一時代を画したハードSFの金字塔と呼ばれる本書のどこがスゴイのか?ぼくなりに一応感じたことを書いてみたいと思う。

 本書の筋は非常に簡単。一言でいえば『止まらなくなった宇宙船の話』なのである。じゃあ、どうしてそんなことになったのかといえば、それはお決まりの不測の事態なのだ。

 最新鋭の宇宙船「レオノーラ・クリスティーネ号」は32光年離れたおとめ座第三惑星をめざして50人の世界最高の科学者たちを乗せて地球を出発する。この船は恒星間に存在する水素や星間ガスなどを取り込んで無限に加速していく『恒星間ラムジェット推進』で限りなく光速に近い状態で運行するのだが、生まれたばかりの小星雲と接触し、減速システムが破壊されたことによってひたすら加速を続けて宇宙をさまようことになってしまったのだ。

 そうなることによって、いったいどういう事態に巻き込まれるのか?ここが本書の要となるあまりにも壮大なSF的ショックを与えてくれるのだが、なんと相対性理論でいうところの物体の速度が光速に近づくにつれてτ(タウ)は限りなくゼロに近づいてしまうという法則がはたらいてしまうのだ。はいはい、ピンとこないでしょ?ぼくもそうでした。これを簡単にいうとあの『ウラシマ効果』がはたらいてしまうのである。たとえば、船内で一年の経過が船外では十万年もの経過となっているということなのだ。十万年!あまりにも常識からかけ離れた数字ではないか!最終的には船外では数百億年もの時間が過ぎ去ったことになってしまう。これがいったいどういうことかわかりますか?船に残された人々は、もうすでに地球が太陽に呑み込まれ、消失してしまったということを計算上知ってしまうのである。広大な宇宙で船に残った人々だけが、唯一生き残った人類なのだ。う~ん、なんという孤独感だろうか。しかし、船内の人々はある人物の努力によってこの苦境を乗り越えていく。それが本書の第二の醍醐味。いや、これがメインかな?読了してみて何が一番印象に残っているかといえばその部分なのだ。

 そう、本書は壮大であまりにも宇宙的な人間賛歌なのだ。気の遠くなるようなハードSFの理論でもって武装しているが、根本で描かれるのはやはり人間のドラマだということなのである。

 これも、決してリーダビリティに優れた本ではないが、一読に値する本なのは間違いない。一読すれば、絶対記憶の底にそのイメージが残ってしま本なのである。