ナッチとスグルがスカートめくりをして先生に怒られた日、ぼくの親友のテルジが車に轢かれて死んだ。
ぼくはそれを母ちゃんの悲鳴で知った。もう少しで食べてたトンカツを喉に詰まらせるところだった。
母ちゃんは電話を切ると、涙を溜めた目でぼくをみてテルジの死に様を教えてくれた。塾へ向う途中だったらしい。コンビニの前を通りかかったときにブレーキとアクセルを踏み間違えた車に真正面から轢かれた。即死だったそうだ。車を運転していたのは70代のおじいさん。隣に5歳の孫を乗せていたということだ。それを聞いたとき、ぼくはあまりの不幸に目の前が真っ暗になってしまった。
これが、乱暴で横暴な運転をしていた人の車に轢かれたのなら怒りもぶつけられるというものだが、弱々しいおじいさんが可愛い孫を連れていたなんて、このやり場のない怒りをどこへもっていったらいいのかわからなくなってしまった。
混乱したぼくは、泣くことを忘れた。そのかわり食欲をなくして、そのときから三日間何も食べる気がしなかった。まして、そのとき食べていた大好物だったトンカツは、大嫌いになってしまった。
四日目の夜、テルジがやってきた。食事をとらないぼくを心配してやってきたらしい。テルジはタイヤの跡の残ったTシャツを着ていて、右足のつま先が真後ろを向いていた。どうやら完全に折れているらしい。それでもなんとか歩いてぼくの目の前にやってきた。
「ヨウスケ、ひぃさぁすぃぶりぃぃぃぃ」
三センチしか開いていない窓の隙間を通ってやってきたテルジは、少し喋りにくそうだった。正直いって、少し怖かった。でも、こんな姿をしていてもテルジはぼくの親友だ。
「よ、よう、テルジ、お前、幽霊になっちゃったのか?」なんとか、ぼくは声を出すことができた。
「うぅん、ヨウスケぇ、へぇんな、かんじぃだぞぅぅ」そう言って、笑ったテルジの口の中は真っ赤だった。これ以上テルジを見てると、恐怖で叫びだしそうだったので、ぼくは目を伏せた。
「ヨウスケ、おまぁえ、メシぃ、くえよぅ。くぅわなきゃぁ、ダメだぞぅぅぅ」
テルジが近づいてきたらしく、ぼくのまわりが急に寒くなった。
「わ、わ、わかった。食う。食うよ、テルジ。だから、おま、お前も安心して寝てろよ、な」
寒いのに、全身から汗が出てた。これ以上ないくらいの吐き気がこみ上げていたけど、ぼくはがんばってそれを我慢していた。
「そぉうかぁ、ヨウスケぇ、そぉれじゃぁあ、おれぇ、いくぞぉ」
「うん、うん、テルジ、ありがとな。心配してくれて。ほんとありがとな」怖いのとは別の気持ちだ。ぼくは、心からそう思ってテルジを見送った。
「いいぃぃぃって、ことよぉ、じゃぁぁなあぁ」
また窓の隙間を通っていくらしい気配がした。少しさびしい気がした。怖いけど、うれしい気もした。
「ヨウスケぇ」窓から出ていったテルジの声が聞こえた。
「ど、ど、どうした?テルジ」
「あのさぁあ」
「なに?」小さくなっていく声を追いかけて、ぼくは窓を大きく開け放った。でも、テルジはどこにもいなかった。彼の声だけが聞こえてきた。
「わらってたぁ」
「え?」なんのことだ?
「あいつ、わらってぇたんだよぉぉ」
「あいつって、誰だよー」
「あいつぅ、あのじいさんだよぉぉ」
「え?」
「あいつぅ、おれを轢くぅとき、わらってぇたんだよぉぉぉぉぉ」
ぼくはそれを聞いて気絶した。