本書で描かれる世界は、ちょっと特殊だ。いや、もちろんこの著者のことだからファンタジーやホラーの要素が含まれているのは当然であって、ぼくが指摘しているのはその部分のことではない。
本書に収録されている六つの短編すべてにおいて、舞台は大阪の下町に設定されている。ぼくが思うに西成のあたりだと思うのだが、この通称『あいりん地区』とよばれる場所の特異性はそこに行った人しかわからない。だが、本書を読めばその一端に触れることができるのである。
どや街の喧騒と、かすかに漂う差別の匂い。末端に位置する人々の力強い生命力と突き抜けた破天荒さ。
そこでは人間の本質である喜び、怒り、哀しみ、楽しみが剥き出しになっている。すなわち、それが昭和なのだ。その雰囲気が醸し出す匂いが昭和を象徴しているのである。
だから昭和を知る人にとって、本書を読むことは懐古となる。たとえ西成の町を知らなくとも、そこに漂う匂いが昭和を思い出させるのである。
本書に収録されているのは以下の六編。
「トカビの夜」
「妖精生物」
「摩訶不思議」
「花まんま」
「送りん婆」
「凍蝶」
泣いてしまうような強烈な作品はなかったが、ぼくぐらいの世代にとっては胸が苦しくなるようなノスタルジーが感じられる作品ばかりだった。とにかく巻頭の「トカビの夜」に出てくる『パルナスの歌』で完全ノックアウト、そのまま気持ちを掴まれて、スルスルと一気に読まされた。どれもこれも幽霊や不思議な要素はそっちのけで、その時代の匂いをおもいっきり吸い込んだという感じだった。
欲をいえば、この雰囲気でもっと話的に凝った構成だったら素晴らしかったのだけどね。