読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

生ける屍考

いま「高慢と偏見とゾンビ」を読んでいるからではないのだが、ここのところゾンビ関係の作品がいろい

ろ目につくようになってきたので、ちょっとそのことについて書いてみようとおもう。

もともとぼくは世にいう『ゾンビ』物についてトラウマのようなものをもっていた。ゾンビという名を世

に知らしめたこの分野の嚆矢ともいうべきジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』を観て、そのあまりにも異

様な世界に心底から恐れを成してしまったのだ。今日ある『ゾンビ』というものの定石、そして忌まわし

きその姿を永遠に人々の脳に焼きつけたこの映画を観たとき、ぼくはまだ小学生だった。かつて幼稚園の

クリストファー・リーの演じるドラキュラに心底震え上がったこともあった紅顔の少年はロメロの「ゾ

ンビ」と出会って、更なる恐怖に直面したわけなのだ。だって考えてもみて欲しい。かつては同じ人間だ

った人々が死して後、爛れて腐ってぐずぐずになってもなお動き回って、あろうことか生きてる人々を襲

い新鮮な脳や内臓をむさぼり喰うのである。こんな地獄の光景が現出するなんて、子どもだったぼくにと

って、この恐怖はとっくに臨界点を超えたものだったのだ。

だから『ゾンビ』はぼくの心に居座った。あまりにも忌まわしい存在として、邪悪な存在として。

だが、そうやって忌み嫌っているものにかぎって気になってしまうものなのである。その気持ちが現在も

ずうっと続いている。ゆえにぼくはゾンビ物に目がないのだ。

かつてこのブログでも紹介した


はそんなゾンビ物が一堂に会した傑作アンソロジー。この上下本を読めば、あらゆるゾンビのバリエーシ

ョンと出会えます。

国内では廣済堂文庫から出てた井上雅彦が監修している異形コレクション(もう絶版かな?)の「屍者の

行進」が記憶に残っている。この中では安土 萌「春の妹」が印象深かった。忌まわしさと土着的な風俗

が合わさって忘れがたい。倉阪鬼一郎「草笛の鳴る夜」は純和風のつくりながらサスペンスフルな展開で

読ませるし、小林泰三「ジャンク」 、津原泰水「脛骨」、友成純一「地獄の鎌開き」などなど今から思

えばこの頃の異形シリーズはなかなか豪華な顔ぶれだったのではないだろうか。

で、そんなゾンビ物が最近よく目につくようになってきたのである。昨年の秋に早川から出たのがギレル

モ・デル・トロ「ザ・ストレイン」。大森望が訳しているので読もうかなとも思ったのだが、少し軽めの

ようなので文庫まで待とうかなと思ってる一冊。

つい先日文藝春秋から刊行されたのはマックス・ブルックス 『WORLD WAR Z』。これはゾンビ

と人間の全面戦争を描いた作品だそうで、こんな使い古された題材なのにゾンビ物というだけで無条件に

食指が動いてしまう。

そしていま読んでいる二見文庫から出たセス・グレアム=スミスのマッシュアップ小説「高慢と偏見とゾ

ンビ」。これはそのうち感想を書くことになるから詳しくは書かないが、もう最高の出来だといってい

い。まさしくアイディアの勝利だ。

そしてそして、これは書いてもいいのかな?もう、別にネタバレにはならないと思うので書くが、現在ス

ピリッツで連載中の花沢健吾アイアム ア ヒーロー』も素晴らしい。毎週コンビニで立ち読みしてる唯

一の連載マンガなのだが、これはいったいどういう方向に向っていくのか、とにかく目が離せない作品な

のである。

というわけで、最近とみに目につくようになってきた『ゾンビ』物について思いつくまま書いてみた。

これからも、この忌まわしい存在はぼくの中にずっと居座り続けるのだろう。だから、まったくゾンビと

は関係のないトマス・ブロック「超音速漂流」を読んで、ゾンビ物として記憶したりするのである。

嫌いゆえに気になる。この究極の心理をこれからも存分に楽しんでいこう。