読書の愉楽

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ジェイン・オースティン&セス・グレアム・スミス「高慢と偏見とゾンビ」

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 というわけで、とうとう読んでしまった。

 なんとも、これは奇妙なキワモノ本なのだ。でもそれが読了してみれば、至極当たり前に本編に忠実な仕上がりとなっていることに驚く。いや、これは本編よりも心情的に理解しやすくなっているともいえるのではないだろうか。現にぼくはこの原作と同じ分量の本を、ほとんど半分の時間で読んでしまったのだ。

 単に、オリジナルのストーリーをあらかじめ知っていたというそれだけの理由で、これだけ読むスピードがアップしたわけではない。事はそんな単純な話ではないのだ。

 みなさんもご存知のとおり、本書はオースティンの「高慢と偏見自負と偏見)」の意匠を借りただけの本ではない。あらたに名づけられた形容を使わしてもらうなら、本書は『マッシュアップ小説』と呼ばれる小説で、本編の文章を八割がた使用しそこにあらたな要素を加えたまったく新しい形式の小説なのだ。

 これがまた本編を読んでいるからよくわかるのだが、なんとも巧妙に原作の世界に異界を進入させているのである。あらたな要素を加えているにも関わらず、原作と同じ分量でおさまっているということは、本編をうまく刈り込んでいるということで、そこにホラー的な要素であるゾンビを絡ませているから、古典の持つ大仰な雰囲気やまわりくどさが軽減され、いたって読みやすくリーダビリティの高い小説として完成されているのだ。

 だから、スイスイ読めてしまう。一応原作で描かれる出来事はそっくりそのまま踏襲されているので、この本を読むだけでオースティンの描いたドラマの骨格はわかるようになっている。しかし、そこにゾンビ世界が進出してくるので、原作とは違った結末を与えられている事柄も少なくない。この部分が比較されることによっておおいに笑える部分であって、これだけは原作を読んでいないとさほど効果があらわれない部分だといっていいだろう。あえて言及するなら、それはコリンズ&シャーロット夫妻とジョージ・ウィカムの扱いにおいてかなり溜飲の下がる笑いとなって訪れるのである。

 しかし、本書は奇妙な本だ。もう、小説の形態は出尽くしたという感があったのだが、まだまだこんな手が残っていたのである。ほんと本書はアイディアの勝利だといえるだろう。オースティンも草場の陰でさぞかし腹を抱えて笑っていることに違いない。

 というわけで、ぼく的には長々とこの18世紀のイギリスの片田舎をうろついていたのだが、これがまだまだ終わりそうにないのである。なぜかというと、今はエマ・テナントの手になる「続・高慢と偏見」を読んでいるからなのだ^^。