読書の愉楽

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マリー・フィリップス「お行儀の悪い神々」

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 数多くのモンスターが登場するギリシャ神話は子どもの頃から大好きだった。スペクタクルの宝庫でもあり、謎と冒険に満ちた数々のエピソードに胸を躍らせたものだった。長じてからは、そのあまりにも人間臭い神々たちの振る舞いに魅了された。そう、ギリシャの神々たちは威厳と共に限りなく俗物的でもあるのだ。

 本書は、そんなギリシャの神々が落ちぶれて現代のロンドンに住みついているという、とんでもない設定の物語なのである。みんなが一つの家に住み、それぞれの特技を活かして生活の糧を得ている。

 例えば、美の神アプロディテはテレフォン・セックスのオペレーター、月と狩りの女神アルテミスは、ドッグ・シッター、酒神ディオニュソスはナイトクラブを経営、アプロディテの息子エロスはキリストを崇拝して教会通いとボランティアに精を出し、太陽神アポロンはテレビでインチキ霊能者として売り出そうとしている― 等々かつて神々たちがオリュンポスで極めた栄華が見るかげもないのだ。

 そんな困窮と世俗にまみれた神々たちの生活にある日変化が訪れる。まったくもって不謹慎な理由でアポロンにたいして復讐心を抱いたアプロディテの計略で、アポロンが人間の娘アリスに恋してしまうのである。神々の中でもゼウスに継ぐプレイボーイとして名高いアポロンゆえ、人間の小娘ごときをモノにするのは容易い事と思われたが、アリスには心に決めたニールという彼氏がいた。この些細な出来事が、全人類を巻き込む地球規模の騒動を巻き起こしてしまうことになるのだが・・・・・・。

 本書はコミック・ノヴェルなのだ。だから全体的にお気楽な感じでおかしく楽しく読みすすめていける。

 だが、最終的には愛と正義が地球を救うというような、騎士道精神まっしぐらの展開となり、読了時にはけっこう高揚感にとらわれていたりするから、侮れない。

 登場する神々もみな個性的で忘れがたい。官能の嵐ともいうべきアプロディテを筆頭に、諍いをなにより愛す軍神アレスやビジネススーツに翼の生えたヘルメットとブーツを見につけ、真っ赤なオートバイを乗り回す神々の伝令役にして死神のヘルメス、巨大で威圧的な黒い肌の冥界王ハデス、限りない英知の持ち主ながら、それをうまく伝える術を知らない知恵の女神アテナとまさに百花繚乱だ。

 ぼく的には、これらの神々がキリスト教について一家言もっているところが大いに笑えた。かねてよりギリシャ神話と聖書の世界についての関連性について疑問をもっていたのだが、それが少し氷解したともいえるだろう。

 とにかく、本書は気楽に読めるコミック・ノヴェルとしておすすめである。ちょっとお下品な部分もあるが、なにせ登場人物がギリシャの神々なのだから、それも仕方のないことなのだ。