読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

マックス・ブルックス「WORLD WAR Z」

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本書を評するのにうまい言葉が見つからないので、ヤキモキしてしまう。感覚的には、あまりにも精密に作られたミニチュアを見ているようだった。それが、山や川や街があって、街の中には家やビルなんかがあり、その中には部屋もあって、家具も揃ってて人までも配置されてるって感じの究極のミニチュアなのだ。何が言いたいのかというと、もう気が遠くなっちゃうほど本書の内容が克明でリアルで精巧なのである。よく、まあこんな詳細にシミュレーションできたものだと感心してしまうのである。

本書で描かれるのは世界Z大戦と呼ばれた、人間対ゾンビの人類史上最大の戦いの記録。それを事後のインタビュー形式で綴っているところがミソ。どういうことかというと、このとんでもない出来事がすでに終息している過去の出来事として描かれるのである。世界各国、あらゆる人種にインタビューし、その当時いったい何があったのか?人類はどんな窮地に立たされたのか?どのようにしてゾンビたちと戦ったのか?といったことをまるで見てきたかのように描写していくのである。

これが凡百のありふれた作品だと、ゾンビとの対決を全面に押し出し、スプラッターを強調したホラー・エンターテイメントとして描き出すのだろうが、本作のスゴイところはそのメインであるゾンビの露出を極力抑えているところなのだ。じゃあ、具体的に何がどうスゴイんだという話になるのだが、それは先にも書いたようにあらゆる方面からアプローチされる迫真性にある。本書を読んでいると、こちらが物語に身をひたすのではなく、物語がこちらを覆い尽くしてしまうような錯覚をおぼえるのだが、この五百ページ強のインタビュー集の中には、凄惨な地獄をくぐりぬけてきた人々の生の声が詰まっているのである。

軍人はもとより、民間人や政治家、宗教家に精神病患者。ありとあらゆる人種や職業の人々が語る『生きる屍』との死闘は、いまの世界情勢や国と人種の軋轢、経済の流れや軍事関係の端々にいたるまで波及してどんどん膨らんでいく。そして、それがまさしく周到なシミュレーションとして構築され、実際あったこととして語られるのである。事の発端から、それがどのようにして世界に広がり、事実がどのように人々に解釈され、それによってどんな混乱が引き起こされ、誤解や間違った知識によってどれだけの人が犠牲になったのか。また、そういった事実を踏まえて、人々はどれだけ順応し、賢くなっていったのか。

作者の筆はとどまることを知らない。どんどん世界に浸透してゆき、あらゆる場所にまで手を伸ばしていくのである。まったくもって驚いた。決してエンターテイメントに徹した娯楽重視の作品ではないのだがこれは一読に値する傑作だと思う。どうだろう?これで、ぼくが最初に本書のことを究極の精巧なミニチュアだと形容した意味がわかってもらえただろうか。

読み応えは抜群、どうかみなさん、我こそと思われる方は心して読んでください。