皆川博子の新刊が読めるとは僥倖ではないか。それも女史がもっとも得意とする短編集である。収録され
ているのは七編、すべて戦争の影が色濃く落ちた作品である。
「少女外道」
「巻鶴トサカの一週間」
「隠り沼の」
「有翼日輪」
「標本箱」
「アンティゴネ」
「祝祭」
いつものごとく幻惑に魅了され、巧みな描写にため息がでた。どうしてこんな表現ができるのだろう?
例えば『漆黒の中天に靄を流したように薄白いのが銀河であった。散在する星々は冷徹な穴であった。』
とか『雨樋の割れ目から納豆の糸みたいに伸び落ちる雨脚は、子供たちを閉じこめる格子のようでもあっ
た。』とか『拝殿の後ろの杉木立が黒々となり、深い穴の底に昼の明るみが吸い込まれていくようで、仰
げば空は透明な骨のように明るいのだが~』とかいう表現を読むと、ハッと吐胸をつかれる思いをするの
である。先にも書いたように、すべての作品において描かれる時代はあの狂気の時代である。しかし、そ
こに直接的な残酷さは描かれない。むしろ、静謐な印象さえ与えられるのだが、やはりエロスとタナトス
のシンメトリーが存在し、それが常に通奏低音として流れているのである。
またこの中の何作かは、その構成のおもしろさにも注目したい。よく使われる手かもしれないが、二つの
時系列を交互に語ることによって全体の意味合いを統合するという手法が使われているのである。それが
あまりにもかけ離れた描かれ方なので、ある意味ちょっとした緊張感が生まれている。ここが皆川女史の
素晴らしいところだ。
というわけで、またまた皆川短編を心底から堪能したというわけ。みなさん、このスゴイ作家を知らずに
過ごすということは、一つの罪でもありますよ。未読の方は是非読んでみてください。