読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

帝雲との会話

 修行に出てから六日目のことだった。いつものごとく片腕のサージメント・スポイルを調整していた帝雲が何気なく言った一言におれはおもわずふかしていた萬キセルを取り落としそうになった。

なんだって?お前、それ本当か?」

 ブラスドライブを全開にして回していた手をとめた帝雲は、おれの目をじっと見つめながら真剣な口調で

 「間違いない。どこからとは言えないが、これは確かな筋からの情報だ」と重々しく言った。

 「じゃあ、『ファンガスと陽気な仲間』が本当にやってくるんだな?」

 「うむ」

 「そうなると大敗したグラブランスは、さらに状況が悪化することになる」

 「おそらくな。シェンツの髭の大公がカラムスとの条約を蹴った上にファンガスの登場とくれば、あの名物公爵が黙ってはいやしない。グラブランスの政情は壊滅的な打撃をうけるはずだ」

 「ファンガスの暗躍は、いつものごとく予測不可能なんだろうな」

 「当然だ。あいつの行動を読めるやつなんて、この世に存在しないだろうよ」

 この一連の会話で、おれの胸に兆したものがあった。大きな宝の匂いがする。

 「おれたちが見つけるぞ」

 「うん?」

 「ファンガスよ。あいつらを、おれたちが仕留める」

 「まさか!お前、それは無理な話だ」

 「いや、おれには目算がある」

 ミッションオイルを充填しおえた帝雲は、ようやく調整をひと段落して、おれと向き合った。

 「しかし、おれたちは修行の身だ。ナヌカマヌの勤行は十五日と決まっている。いま、それを放棄すればもう二度とそれを履行することは出来ない。お前、それでもやるというのか?」

 「この機を逃す手はないだろうよ」

 トロール・ブレーキの具合が不完全だったらしく、帝雲はしきりと左の掌底を突きだす格好をしている。

 「おい!聞いてるのか!」

 おれの荒げた声に驚いた帝雲は、こちらをバツの悪そうな顔で見ながらこう言った。

 「だが、お前、まずその足をどうにかしないと、駄目だろう」

 それは、わかっている。お前に言われなくても、そのことは自分が一番よくわかっている。

 この足がいまは凍結して、小指一本動かすことが出来ないということを。

 修行とはいえ、自ら足を凍結させてしまうなんてことをよくもまあ受け入れたものだと、自分でも信じられない。しかし、これがもっとも高度な修行ゆえ階級の特進ものぞめるから、おれはこの修行を選んだのだ。だが、ファンガスの登場によってその高貴ですらある志は、おれの中で砕け散った。修行なんてくそくらえだ。

 ローバル・インバネスのローリングを高速回転させながら、帝雲がおれの顔をのぞき込んで言った。

 「欲を出せば裏神と戯れる。っていうことわざ知らないのか」

 アンチクリミティヴの整合性に満足のいった帝雲は、おもむろに立ち上がって、六本の腕をそれぞれパラレル稼働させる。

 「お前の目算てのはなんだ?」

 おれは、まってましたとばかりに帝雲の顔をのぞき込んで言った。

 「泥竜よ。あれを引っぱってくるのさ」

 帝雲の顔色が瞬時に真っ青になった。