読書の愉楽

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パトリック・デウィット「シスターズ・ブラザーズ」

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 ゴールドラッシュに沸く、無法者たちの天下だったウェスタンなアメリカ。まさになんでもありなこの狂乱の時代に名をとどろかせる殺し屋シスターズ兄弟。気に入らないことがあるとすぐに銃をブッ放す豪放で大酒のみの兄チャーリー、本書の語り手であり気はやさしいけど、いったんキレたら手がつけられない巨漢の弟イーライ。雇い主である提督の命を受け、オレゴンからサンフランシスコへある山師を殺しに向かうのだが、彼らの行くところ常にトラブルのキナ臭い煙がたちこめる。

 

 というわけで、単行本で刊行されたとき年末のミステリベスト各種で話題になった「シスターズ・ブラザーズ」なのである。確かにすこぶる読みやすく、ストーリーもぐいぐいと引っぱってゆく牽引力バツグンだ。とにかくこのふざけた名前の殺し屋兄弟は行く先々で問題を起こす。うん、そうでなくっちゃね。

 

 で、何があっても最後には拳銃をブッ放して突きすすむ。紆余曲折があったとしても、結局問題を解決するのは拳銃だということで、あのインディ・ジョーンズシリーズ第一作のエジプトでの乱闘シーンで、インディの前に大きなナイフを持った大男が立ちはだかり、自信満々にその婉曲したナイフを左右の手に持ちかえて挑発するのを、なんのためらいもなくピストルで撃ち殺してしまう場面のように、最後にはズドン!とお見舞いして解決なのである。単純明快でいいよね。まどろっこしいのはやめてズドン!なにも考えずにズドン!カウントも1でズドン!そうしてシスターズ・ブラザーズの通ったあとには死体の山がきずかれてゆくのである。

 

 しかし、最後はズドン!とかましてしまう彼らにも人の心はあって、特に語り手である弟のイーライは自分第一主義の粗野で危険な兄チャーリーとは違ってところどころで立ち止り心の中で問いかけ考える。だから感情を爆発させそうになったときも、おふくろの教えを守り、自分の一物を握って気持ちを静めることもできるのだ。

 

 さて、オレゴンからサンフランシスコといえば、唯一の乗り物である馬に乗って数日の道程。その間、彼らはいろいろと信じられないおかしな事に遭遇する。中には毒グモや熊、それに魔女なんてのもいてなかなかにバラエティに富んでいる。そして、ところどころで顔を出すなりふり構わず泣いている男や唐突にはさまれる『幕間の挿話(インターミッション)』に登場する危険な少女に象徴されるように、この物語には常にファンタジックで説明のつかない要素がつきまとっている。それがもっとも強烈に感じられるのが、彼ら兄弟が追う山師ハーマン・カーミット・ウォームの発明したある薬品だ。いったい作者デウィットはこの物語で何を語りたかったのだろう。そこの部分がかなり曖昧な印象なので、ぼくはこの話に行き当たりばったり的な印象を受けてしまうのである。話的にはすこぶるおもしろいが、ぼくはこの物語のすべてを飲み込めたわけではないから、どうしても疑問が残ってしまいそこに不満を感じてしまう。それはぼくの理解力がないせいでもあるだろう。でも、これが正直な感想なのだ。

 

 でもイーライは好きだ。かれの愚鈍でありながら、ゆえに純粋な心のありようには好感を持たざるをえないではないか。もしこの話の続編が書かれたら、やっぱりぼくはそれを読むのだろうな。