読書の愉楽

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ジュリアン・バーンズ「終わりの感覚」

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 若くして自殺した友。過去の記憶として頭の片隅にしまわれていたその事実がある出来事がきっかけでまったくちがう様相を見せる。

 

 本書は中編といってもいいような短さの作品なのだが、これほど集中力を使って真剣に行を追った本もめずらしいといえる。

 

 主人公トニーは仕事も退職し引退生活を静かにおくる老人だ。そんな彼の元に見知らぬ弁護士から一通の白い封筒が届く。内容は過去に付き合ったことのある女性の母親からの遺産贈与の知らせだった。

 

 この青天の霹靂のような出来事から、トニーは過去の記憶を掘り起こす。学生時代の友人たち、付きあっていたベロニカ、彼女の家族と過ごした週末。自殺した友人エイドリアンはトニーと別れたあとのベロニカの恋人になっていた。これらの記憶が徐々によみがえってくる。

 

 一つの謎が呼びおこす過去の出来事の真相。あのときのあの人物の言動の裏に存在したもうひとつの解釈。

 

 読者はトニーと一緒に彼の過去の出来事への遡行を体験する。しかし、そこには誰もが経験したことのある記憶の改竄や誤解が含まれ、道筋はあくまでも暗中模索だ。トニーは、一番の近道としてかつての恋人ベロニカとの接触を試みるが、彼女は当時と変わらずトニーを翻弄する。だが、トニーはベロニカとの数度の接触から得られる少ない情報から過去に起こった本当の事実を知ることになる。

 

 本書の売りとして、衝撃のエンディングがうたわれている。実際、トニーの知りえた事実はあまりにも予想外なもので、過去の自分の言動がまねいた事を考え合わせると強い悔恨にとらわれる。しかし、個人的には、これはあまりリアルに感じられなかった。まったくないとは言えないだろうが、こんなこと起こるか?という懐疑のほうが強かった。そして、その思いが強かったがゆえに、世間の評価ほど本書を受け入れることができなかった。

 

 ジュリアン・バーンズの小説は今回が初めてだった。「フロベールの鸚鵡」や「10.1/2章で書かれた世界の歴史」の二冊が積読状態だ。本書「終わりの感覚」は短く、ミステリ的要素が濃かったので小手調べとして最適なのではないかと思ったのだが、またあの二冊を読む時期が後回しにされそうだ。