読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ジョナサン・フランゼン「ピュリティ」

 

ピュリティ

ピュリティ

 

 

 アーヴィングとフランゼンの小説はいつも時間をかけて読む。自然とそうなっちゃう。少しずつ読んで、その豊穣な世界を自分の中に沈殿させようとするためかもしれない。そういう読み方をしたくなるのだ、この二人は。

 本書で描かれるのは『父親探し』。主人公であるピップことピュリティ・タイラーは、奨学金ローンを返済するために少しでも金を貯めることを目的に変な住人ばかりが集うシェアハウスに住んでいる23歳の女性。唯一の肉親である母親は、ピップのことを溺愛しているが父親の存在に関しては、固く口を閉ざして話そうとしない。ま、この母親もかなり変わっている。要するに、本書に登場するほとんどの人が個性的で独特なのだ。ていうか、人間ってそんなもんだよね。まともって何?普通って何?誰もが秘密を抱え、個々に悩みを持ち、それぞれのこだわりを胸に日々を過ごしているのではないか。だから、みんな普通じゃない。でも、本書に登場する人々はそういう物差しで測ったとしても、さらにその上をゆくエキセントリックさなのだ。

 そんな中でピップは、さまざまな人と出会いながら、自身のルーツを探る旅に出る。ま、ここらへんの身の軽さが唯一本書を読んでいて引っかかった部分なんだけどね。でも、それは些細なことだ。本書を読了した誰もが感じることだろうが、ほんと読んで良かったと思える満足感なのだ。ピップをめぐる冒険は、彼女に集約される各々の人生のルーツを探る冒険でもある。ここらへんの呼吸は、さすがフランゼン素晴らしい。本書は七つの章に分かれているのだがその内の半分は、ピップが登場しない章で、読者はいきなり別世界に放り込まれることになるのだが、話自体がおもしろいので、どんどんストーリーを追いかけている内にすべてが収まるべきところに収まるよう計算されつくしている。感心したのは[le1o9n8a0rd]という章の配置。いったいこれの意味はなんなんだろうと思いながら読んでいると、次の章でその意味が氷解する。ああ、そういうことだったのか。

 で、それが分かるとまた見えてくる景色も違ってくる。ストーリーを追うだけだった作業に背景が加わって、この「ピュリティ」という作品に奥行きが生まれる。そうすることによって、読者はいままで辿ってきた道をまた振りかえりたくなる。見方というか目線というか、直線的あるいは近視眼的だった解釈がまた違った角度から光を当てられるようになるのだ。これは、ワクワクする体験だ。ていうか、これが良い小説を読む醍醐味だ。これは、何度体験しても興奮してしまう。

 お馴染みの家族としての確執も様々なパターンで描かれ、世界と時代を飛び回るグローバルな構成ながら、描かれるのはパーソナルな問題だ。広がりの中に個を際立たせて鮮烈。適度なユーモアと厳しい現実の対比も正確だし、やっぱりフランゼンはいいよね。ほんと得がたい作家だし、こういう作品に出会えるからこそ、海外文学読んでいて良かったなと思えるのだ。

 未読の方はぜひ。800ページ強あるけど、臆することなく手にとってください。