読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

アンソニー・ドーア「すべての見えない光」

すべての見えない光 (ハヤカワepi文庫)

 大好きなドーア。この作家には信頼と尊敬しかない。風貌は連続殺人鬼のチカチーロみたいだけども。
 それはさておき。本書は、邦訳された初の長編なのである。彼の長編では二作目なので、ぜひ一作目の長編も読んでみたいものだ。本書を手に取られた方はご存知だろうが、本書はかなりの分厚さなのである。文庫で700P強あるもんね。これだけ本読んできてもこの分厚さには怯むよね。しかし、しかしである。本書は短い章の集積なのだ。だから、まるで短編を読んでいるように各々の章をさくさく読んでいけるので、700Pもなんのその、知らない間にページが進んでいるというわけ。

 本書で描かれるのは、第二次世界大戦末期のフランスの盲目の少女とドイツの孤児の少年の運命だ。運命なんていったら、いかにも振りかぶって大仰だけど、読んでいる間中ずっとそう感じていた。これは運命の物語なんだなと。基本的にドーアはこの二人を交互に描いてゆく。時代が前後して描かれるのは盛り上げの常套で、開巻早々描かれる1945年8月7日に向けてストーリーは集約されてゆく。 

 その当時、戦争の真っ只中にいた人たち。後世の人がそのことをたくさん描いてきた。戦争という理不尽極まりない悲劇をたくさんの人が描いてきた。ドーアもその戦争に直面した人々を本書で描きだす。

 しかし、本書は悲しい物語ではない。第二次大戦下のドイツとフランスを描いていて、うつくしい光の中で数々の悲劇も描かれるが、そこには、不安と恐怖に彩られながらもたくましく生きる人がいて、時代の波にもまれながらも自分を信じて行動する人がいた。見えない光は、すべてにふりそそぎ、そこにいる人や物を照らしだす。それは限りなく公平で平等な光であり、すべての人は慈しみ時は非情に流れてゆく。決して変えることができないものがすべての見えない光なのだ。
 
 後半少し失速した感はあったが、おおむね本書を読んでいる時間は豊かで読書の喜びに満ちた時間だった。彼の作品は今後もずっと読んでいきたい。