読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ジェス・ウォルター「美しき廃墟」

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 なかなかの大作だ。はじめて読む作家であり、タイトルから汲みとれる真意もまったくわからないし、読みはじめた当初は、本当にこれ読み切れるのかなと不安にもなった。しかし――――しかしである。

 これが、ああた、もうあれよあれよという間にページがすすんでいくのですよ。いや、誤解を承知であえて言わせてもらえば、本書で描かれるストーリーは、まったくもってシンプルそのもの。だって、出会い、別れ、再会とこの三つのワードで事足りるのですから。

 でも、そこに作者は数多くの魅力あふれる技法やエピソードやキャラクターを詰め込んで素晴らしい世界観を構築しているのだ。

 幕開けは、1962年のイタリアの田舎。海に面した過疎化した村にたった一軒だけある小さなホテルに、美しい死にかけの女優ディー・モーレイがやってくるところからはじまる。彼女はアメリカ人で、どうやら重度の病におかされているらしい。ホテルの主人であるパスクアーレ・トゥルシは、独特の魅力を放つ彼女を見て、たちまち恋におちてしまう。よくよく話を聞いてみると、ディーはエリザベス・テイラーリチャード・バートンが主演をつとめる大作「クレオパトラ」に出演する予定だったらしい。しかし、どうして撮影途中に抜けだしてこんな辺鄙なところに彼女はやってきたのか?その謎を秘めたまま、物語はいきなり現代のハリウッドに焦点をあわせてしまう。ところは、有名な映画プロデューサーのオフィス。ここへ老紳士が訪ねてくる。彼の名はパスクアーレ・トゥルシ。そう、あのイタリアのホテルの主人だ。彼はディー・モーレイの行方を探してはるばるここまでやってきたのだ。

 さて、こうして物語は過去と現在をあざやかに切りとって行き来しながら、この二人の間に何があったのか?それをとりまく人々の間に何が起こったのか?を描いてゆく。

 ね?出会いと別れと再会の物語でしょ?でも、これが読んでみるとなんとも豊饒な物語なのだ。先ほども書いたように時と場所は章ごとに変化し、尚且つその合間には登場人物の一人が書いた小説が挿入されたり、映画のシノプシスがいきなり描かれたり、いままで出てこなかった人物の現状が描かれたりして、なかなか読者を翻弄する構成となっている。正直少し戸惑う部分もあるが、とにかくその世界に身をまかせ物語に没入すると、自然とすべての事柄が強固に結びつけられてゆくのを肌で感じることになる。史実と虚構を巧みに織りまぜ細部にいたるまで目がいきとどいたその構築美は読んでみなければわからない。イタリアの田舎の美しさと相まって夢のような世界と現代のハリウッドの猥雑でどことなくユーモラスな世界。交互に語られるそれぞれの世界の中で登場人物たちは、それぞれの人生を謳歌する。悲しくそして楽しく。

 すべてはやがて無となる。しかし、時と場所がどうであれすべての営みは美しく輝く。最終章である第二十一章『美しき廃墟』はそのことを如実に語る。夢破れたすべての愛すべき人生。美しく滅びしもの。この章があるおかげで、この本は壮大な幕引きの印象を与えてくれる。読み応え、受ける印象、そして読後感。すべてにおいてぼくはこの本が大好きだ。素敵な映画を観た後の、あの独特の高揚感が身を包む。

 未読の方は是非この高揚感を味わってほしい。オススメです。