読書の愉楽

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ロバート・Rマキャモン「遥か南へ」

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 ぼくは基本的にマキャモンが大好きで、国内で彼の作品が翻訳されはじめた1990年当初、そのほとんどがキングの二番煎じだといわれて軽い嘲笑まじりの評価を受けたときも、確かに設定自体は真似だと言われてもしかたないが、「スタンド」より「スワン・ソング」が「呪われた町」より「奴らは渇いている」のほうがおもしろかったと感じたし、まして短編作品にいたっては、どう贔屓目にみてもマキャモンの作品のほうが素晴らしいのはいうまでもないと思うのである。

 こう書くとキングをないがしろにしているようだが、決してそんなわけではなく、ぼくとしてはマキャモンがキングほどブレイクしなかったのはなぜなんだろう?と常々疑問に思っているのだ。2003年に久しぶりに刊行された「魔女は夜ささやく」など、あんなにおもしろいオリジナリティ溢れる作品なのにいまだに文庫化さえされていないのが解せない。それ以後の作品も翻訳されていないし、マキャモンは日本では不遇なのだなと悲しいかぎりなのである。

 そんなマキャモンの、本書は『脱ホラー作家宣言』をしたあとの三冊目の作品である。だから、超自然的要素は排除されており「マイン」や「少年時代」のように限りなく普通小説に近い作りになっている。

 主人公はベトナム戦争に従軍経験のあるダン・ランバート。彼は戦争の後遺症がもとで妻子とも別れ、いまは日雇い大工でなんとか糊口をしのいでいる状態だ。そんな彼の仕事に欠かせないピックアップ・トラックをローン返済期限超過の措置として、銀行が回収しようとするのだが、交渉に行ったダンは誤って相手を殺してしまう。そして彼は逃亡の旅に出る。

 ダンは南へ南へと逃げてゆく。そう、本書はランバートの逃避行を描くロード・ノヴェルなのだ。逃げてゆく途中で、顔に痣のある娘アーデンが道連れとなり、そんな二人を賞金稼ぎの二人組、三本腕のフリント、プレスリーのそっくりさんであるペルヴィスが追う。本書はこの二組の同行を描き分けてすすめられてゆく。本来なら殺人犯の逃避行といえば警察の執拗な追跡をかわしもってのサスペンスあふれるものになりそうなものだが、本書では警察との攻防はまったく描かれない。そういった意味では、きっかけは殺人だとしても幾分現実離れした仕様となっている。

 ひとつ難をいえば、いつものマキャモンらしくなく冗長に感じるが、ラストがあまりにも清々しいので全体としての印象は悪くない。それぞれの思惑がラストにむかって一直線に集約されてゆくのも気持がいい。清々しいばかりでなくて、不穏な要素も描かれているのも見逃してはいけない要素だ。

 まあ、えらそうなこといって、ぼくにはまだまだ未読のマキャモン作品が多く残っている。「スティンガー」も「ナイト・ボート」も「アッシャー家の弔鐘」も「少年時代」も「狼の時」も読んでいないのだ。これから追々読んでいくとして、すべて読み切るまでに新たな翻訳作品が刊行されればいいんだけどね。