読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

マジックマン

 不惑を過ぎた頃から、山味東五郎は左足に違和感を覚えるようになった。

 歩いているときに、踵のあたりに鈍痛を感じるのである。しかし、それは常時ではなく、どうしたはずみか決まって首を右に曲げた拍子になるのである。まさか首と左足の踵が連動しているなんて思いもよらないので、その法則に気づくのに半年あまりもかかってしまった。普段の生活で、そんなに不自由しなかったのも気づくのが遅れた原因かもしれない。だが、とにかく彼は身体の不具合に気づいてしまった。

 そうなると、これが気になって仕方がない。用もないのに不自然に首を曲げて痛みを確認するものだから今度は首自体も調子がおかしくなってきた。常時、首の筋肉が痙攣しているみたいに感じるのである。

 そんなある日のこと、彼は街で一人の少女に出会った。歳の頃は十八、九。長い髪に大きな眼をした可愛いい子である。

 出会いは突然だった。たまたま見上げた空に竜のような形をした雲を見つけて、それを目で追いながら歩いているうちに少女とぶつかったのである。よくよく話を聞いてみると、その少女も竜雲に気をとられて前を見ていなかったらしい。お互い同じ理由で余所見をしていたことがわかった段階で二人は意気投合していた。そして、少女がいきなりこんなことを言ったのである。

「おじさん、マジックマンなんでしょ?」

 藪から棒になんだ、この子は?いったいぜんたいマジックマンて何なんだ?

「なに、きょとん顔してんの。ぜったいそうに決まってるもん。おじさん、わたしのマジックマンなんでしょ?」

 この絶対の自信はどこからくるのだろうと思いながら、彼は少女に訊いてみた。

「あの、そのマジックマンてのがよくわかんないんだけど、それって手品師のこと?」

 それを聞くと処女もとい少女は腹を抱えて笑い転げた。

「おっかしー。おじさん、マジックマン知らないの?アハハ!」

 これだけ豪快に笑われたら、いっそ清々しいなと思いながら、そして自身も笑いに引き込まれながら東五郎は少女に畳みかけた。

「いやあ、おれ最近の世事に疎くて何が流行ってるかとか、まったく知らないんだよね。で、そのマジックマンて何なの?」

 これを聞くと、今度は少女の方がきょとん顔になった。風が鋭く二人の間をとおり過ぎていった。

 彼方の積乱雲の内部で雷が光り、間をあけて大音響が二人の耳に届いた。

「きゃ!」

 驚く少女に不埒な思いを抱きかけた自分を責めるように「こりゃ、ひと雨くるかもしれないな」などと言いながら空を見上げた東五郎は、自分の腕を掴むか細い指に目を落とした。

「おじさん、わたしのマジックマンになって」

 ひたと見つめる少女の眼に吸いこまれそうになりながら、東五郎は頷いていた。

 首の筋肉が激しく痙攣している。それに連動して左足の踵がうずいてきた。しかし、東五郎の股間はそれにもまして激しく・・・・・。