信号待ちしてると夜が黒いミルクのように溶けだして、怒りに身を任せた太陽がグングン伸び上がってきた。ブンブン手を振り回してナリフリ構わぬ怒りよう。見ていて身の危険を感じるほどだったが、太陽が身につけている大きなヘッドフォンからもれ聞こえるビートルズの「ゴールデン・スランバー」がぼくを勇気づけた。マッカートニーの力強いヴォーカルが心地よい。どうして太陽がこんな曲を聴いているのか不思議だが、ぼくも嫌いじゃないから気にしない。太陽は激しく震えて火の玉を飛ばし、やがてそこらじゅうから火の手が上がった。ぼくは車を飛びだして、飛んでくる火の玉をかわしながら家にむかってがむしゃらに走った。
『父よー、母よー、妹よー』と歌いながら走っているとぼくのすぐ傍で火の玉が炸裂、ぼくは十メートル以上吹っ飛ばされて、気がつけば高島屋の屋上遊園地に放り出されていた。頭を振って正気に戻ったぼくは、そこにあったダンボの飛行遊具に飛び乗ってベルトを締め、レバーを思いっきり引っぱり、ボディに固定してあった支柱から離脱し空中に飛び立った。初めての操縦に少しふらついて飛行していたが、やがて体勢を立て直し太陽に向かって突き進む。太陽は相変わらず両手をぶんぶん振り回し、大きなヘッドフォンからはゾンビーズの「ふたりのシーズン」がもれ聞こえていた。
目を瞑って暴れる太陽の正面にきたぼくは、目の前の操縦桿についている赤いボタンを押した。ダンボの鼻が伸び、その先から恐ろしい量の液体が放出される。どうやら水みたいだ。それが正面の太陽にふりそそぐと、一気に冷やされた太陽の身体から大量の蒸気が噴出し、目の前が見えなくなってしまった。
ぼくの左腕が突然痺れだし、自由に動かせなくなる。目の前も見えず操縦も侭ならないぼくは脱出を試みる。しかし、自由に動かない左手が重荷となってベルトから抜け出ることができない。ぼくは「ふたりのシーズン」を聴きながら、真っ白な壁の中を自由落下していった。