読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

皆川博子「結ぶ」

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 『そこは縫わないでと頼んだのに、縫われてしまった』

 これは、本短編集の表題作である「結ぶ」の出だしなのだが、なんとも衝撃的な一行である。縫う?そこってどこ?読者の心を鷲掴みにするという意味で、これほどインパクトのある出だしをぼくは他に知らない。そして後に続くこの一行から広がる世界は、まさに驚嘆の一語に尽きる。これほどまでにナンセンスで独創的な世界を創造する皆川氏のセンスに脱帽だ。ぼくは、あなたの息子になりたいとまで思ってしまった。

 本書には他に13編の短編が収録されている。「結ぶ」ほど強烈なインパクトを与えてくれる作品はないが、みなそれぞれ作者の持ち味が遺憾なく発揮されていて愉しめる。また一行目の素晴らしさについては他の作品にも凄いのが揃っている。

 『小さかったあなたのために、わたしは、ずいぶんいろいろなものを燃やしたのでした』 水色の煙

 『油煮えたぎる釜のなかに投じられたのは、三つの首。肉は爛れ溶け、底に髑髏が残った』 花の眉間尺

 『疲れて倒れこむように、めざめた』 空の果て

 『昼は、仮面をつけた夜にすぎない。光は、闇のまばたきにすぎない。私は、おまえの背中であるがゆえに、おまえの主だ』 蜘蛛時計

 短編は、短いがゆえに一気に物語の中に引き込む吸引力が必要だ。そこで重要になってくるのが一行目のインパクト。ここでどれだけガッチリと読者の心を掴むかが決まってくる。もちろん以後に広がる世界の転がしかたも重要だが、印象的な一行目が書けた時点でその短編は半分成功したとみなしてよい。

 本書にはその実例が多く収録されている。読んで驚いていただきたい。瞠目していただきたい。

 皆川短編集は、まだまだある。なんと幸せなことだろう。

 そうそう、また本書とは関係ない話なのだが、皆川情報をまたお届けしたい。なんと、東京創元社から出てる「ミステリーズ!」で皆川博子の新連載がはじまったのだ。

 『上海とハリウッド、東西の魔都を舞台にした壮麗なミステリ、堂々の連載スタート。皆川博子「双頭のバビロン」』だそうである。なんともうれしいことではないか。