読書の愉楽

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乾ルカ「夏光」

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おいおいおい!この作家凄いよ!べるさんの記事で→乾ルカ/「夏光」/文藝春秋刊知ったんだけど読んでびっくり、こりゃこのあいだ読んだ湊かなえ「告白」よりも数段上をいく短編集だ。最近知った新人の中では一番じゃなかろうか。

 

と、柄にもなく興奮しちゃってるのは、はっきりいってこれほど凄い短編集だとは期待していなかったからで、実のところべるさんとこの記事読んで、これはなんだか自分向きの作品っぽいなぁぐらいの気持ちで読んでみたのに、それがこのインパクトなので少々うろたえてしまっているのである^^。

 

で、何が凄いってこの作家、新人さんであるにも関わらずもう自分のスタイルを確立しちゃってるのである。それは確実な情景描写、淀みない筋運び、自立する登場人物とすべてにおいて安心できる筆勢で、まるで十年選手のような安定感なのである。確かに、ストーリー的にはあまり捻りのない「は」や「百焔」なんて作品も散見されるのだが、そんな作品でも強く印象に残る場面などがあり侮れない。特に「は」の鍋をむさぼり食う描写は話の内容と相乗効果をあげ独特の気味悪さを醸し出している。ましてや、表題作の「夏光」においてはその独創的なストーリーに完全ノックアウト状態だ。この作品は戦時下を舞台に少年たちのひと夏の出来事を描いているのだが、途中にはさまれるエピソードのインパクトからラストにいたる大々的なカタルシスまで間然することのない傑作だといってもいい。戦争時代を舞台にこんな話が書けるのか!と驚いた。

 

次に注目したのは、これも少年たちの不思議な日々を描いた「Out of This World」。これは、事の真相がはやくから予測ついてしまうにも関わらず、忘れがたい印象を残す。ちょっと桜庭一樹のあの作品の匂いがするといえばネタバレになってしまうかな?

 

「夜鷹の朝」は、そのふっきりの良さと叙情的な筆勢が印象深い。誰がこんなこと思いつく?まして、思いついたとしても、作品として完成させようとは思わない。

 

「風、檸檬、冬の終わり」は闇の仕事を描いている。といっても必殺仕事人ではないですよ。ここで描かれるのは、とても忌まわしい人身売買。あまりにも酷い現状に嫌悪すら抱くが、このテーマではやはり梁石日の「闇の子供たち」のほうが数段おそろしい。おそろしい上にやり場のない憤りを得て、限りない忍耐と痛みに耐えなければならない。本作は、その一端を垣間見せるという意味でとても貴重な作品だ。

 

というわけで簡単に紹介したが、この新人さんは要注目である。この力量は並の力量ではない。次の作品が非常に楽しみだ。べるさん、いい本を紹介していただいて、どうもありがとうございました。