読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

象と洞窟と女と男

王冠をつけた象は、ヘリンボーンの柄だった。黄色い空に架かる大きな橋は、まるで地球を制圧する巨大

宇宙船のようで、正直ぼくは怖かった。目の前にやってきた象は、器用に片目を瞑ってウィンクしながら

鼻先を丸めてぼくの足元に差し出した。

「これに乗れってこと?」おそるおそる伺うと、うんうんと頷く。

しかたなく丸めた鼻先に乗るとそのまま鼻はぼくを乗せて上昇し、あっという間に象の背中に降り立って

いた。紙吹雪の舞う節操のない街中は、喧騒と怒号が渦巻いた一種の坩堝と化していて、はっきりいって

何が何やら状況がまったく把握できない。象はぼくを乗せて、のっそりのっそりと歩いていくのだが、周

りの風景がかわらないところを見ると、足踏みしてるだけなのかもしれない。異常な量の紙吹雪は、いっ

たいどこから降ってくるのだろう?と仰ぎ見てみると、どうやら大きな橋の上から降りそそいでいるらし

い。今日は祭りなんだろうか。状況が把握できないまま、ぼくは象の背中に揺られている。しかし、進ん

でいないと思ったのは勘違いだったようで、やがてぼくは岩と岩の間に穿たれたかのような荒涼とした洞

窟の前に運ばれてきた。象はまた鼻先を使ってぼくを地面に下ろすと、茶目っ気たっぷりのウィンクを残

して去っていった。洞窟は中から冷たい風が吹きつけてきて、ひゅぉぉぉぉーっと女の人の叫び声にも似

た音がしていた。

どうもいやな感じだ。ここまで運ばれてきたということは、この洞窟に入っていけということなのだろう

が、どうも気がすすまない。というか、絶対これヤバイって。こんな暗い洞窟の中に手ぶらで、しかも明

かりも持たず入っていくのは自殺行為だ。そう頭でわかっていて、心臓が縮みあがるほど怖がっているの

にも関わらず、ぼくの足は意思に反して前に踏み出してしまう。あ、あ、駄目、駄目。でも、足は止まら

ない。ぼくは冷たい風に向かいながら洞窟の中に踏み込んでいく。闇に目が慣れ、内部の状況がわかって

くると恐怖はそれほどでもなくなる。なぜなら、この洞窟の内部は思い描いていたような荒涼とした岩場

の集積ではなくて、明かりの落ちた部屋のようだったからだ。

前方に見えてきたのはハート型の扉だ。ぼくは迷わず扉を開けて中に入っていく。そこには大きなかぼち

ゃのような帽子を被った女性や、上半身はだかの男の人がいて互いに手を取りあって派手に踊っていた。

肌の露出の多い衣装がなんか扇情的だなぁと思いながら眺めていると、女性がぼくに目をとめてこちらに

来いと手招きする。ぼくは、フラフラと女性に歩みよる。上半身はだかの男性は、いつの間にかいなくな

っている。ぼくが近づくと、女性はぼくに抱きつき腰を肉感的な足で締めつけてくる。あまりにも強く締

めてくるので、ぼくはその場に倒れてしまう。それでも女性は離れない。長くてきれいな足でぼくの腰を

締めつけながら手をヒラヒラさせて踊っている。まつげの長い人だなぁと感心して見ていると、女性は上

半身を起こし、ぼくに顔を近づけてきた。それと同時に天ぷらの匂いがしてきた。香ばしい油の匂いだ。

この人は、天ぷらを食べたのだろうかと思いながら、なすがままになっているとぼくを見下ろす位置に男

の人が立っていた。さっきの上半身はだかの男だ。男は大きく足を振り上げると、思いっきりぼくの顔を

踏みつけた。