読書の愉楽

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コニー・ウィリス「マーブル・アーチの風」

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 まえに「最後のウィネベーゴ」を読んで、コニー・ウィリスの小説巧者としての技量に心底から惚れこんだのだが、やはり彼女は素晴らしい。本書もまた期待を裏切らない出来の短編集だった。

 本書に収録されているのは以下の5篇。

 「白亜紀後期にて」

 「ニュースレター」

 「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」

 「マーブル・アーチの風」

 「インサイダー疑惑」

 なかでも印象深いのは「ニュースレター」だ。これはいわゆる侵略SF物なのだが、そこはウィリス、普通の侵略物にあるまじき意想外の展開になるからおもしろい。過去の侵略物では、「盗まれた街」にせよ「光る眼」にせよ「人形つかい」にせよ異常な事態が静かに進行し、主人公たちが気づいたときには時すでに遅し、という不気味な展開で恐怖を煽っているのだが本書では侵略によって善人が増えていくから話が違ってくる。主人公たちは侵略の事実を認識しながらも、これはこれでいいのではないかなどと考える始末。ゆえに、この作品は侵略物であるにも関わらずコメディとして機能しているのである。この作品と次の「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」は、どちらもクリスマス・ストーリーとしても描かれており、その味わいはディズニーのラブコメのような上質のユーモアとときめきが内包されていて、これはこれで素敵な仕上がりだ。本来ぼくは、こういう類の話はあまり読まないのだが、この人だけは別格である。心底から愉しんだ。ここで、ひとつコニー・ウィリス作品の印象を語ってみようと思うのだが、彼女の描く話はSFという体裁のメロドラマだといっていいのではないだろうか。その腕前は、コメディタッチの作品で存分に味わえる。本書の中では上記の二作とラストの「インサイダー疑惑」がそう、先の短編集の中では「タイムアウト」と「スパイス・ポグロム」がそれに当たる。どれも本質はメロドラマであって、SF的な解釈はサブ・エフェクトなのである。だから、SFに疎い読者でもすんなり物語に入っていける。ぼくなどにはもってこいなのだ。

 反対にシリアスタッチの作品は、SF効果がより前面に押し出されてくる。本書も先の短編集も表題作がそれに当たる。本書の「マーブル・アーチの風」はロンドン地下鉄道が主な舞台となる。主人公であるトムは妻を伴い、毎年恒例のカンファレンスに参加するためにロンドンを訪れているのだが、地下鉄構内で突然の爆風に見舞われる。火薬の匂いや血の匂いの混じったその強烈な風は、しかし他の人には感じられておらず、どうやら自分だけが感じているようなのだ。いったいこの風はなんなのか?他の地下鉄駅でも同じ目にあったトムは、風の謎を解明すべく懸命に地下鉄を巡っていくのだが、そこには思いもよらない真実が隠されていたのである。

 はっきりいって、ぼくはシリアス作品よりもコメディ作品のほうが性に合っている。だが、このシリアス作品のほうも捨てがたい魅力にあふれているのだ。静と動の背反による相乗効果とでもいおうか。両方のテイストがあわさって、いい余韻に浸れるのである。

 う~ん、今回もなかなか愉しませてくれました。やっぱりウィリス大好きでございます。