読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

対面幽霊

その幽霊が近づいてきたとき、カシューナッツの香りがした。幽霊は、未練がましい目でぼくを見据えて

こう言った。

「友人に去られて三十年。竹が伸びたら、もう三十年。あわせて六十、あとは野となれ山となれ」

わけがわからない。まったく理解不能だ。だからぼくも反応のしようがなく、その場に突っ立ったままだ

った。それ以上幽霊も何を言うでもなく、また何をするでもなくじっとしている。

しびれを切らして、ぼくは幽霊に問いかけた。

「で?いったいぼくにどうしろっての?」

男か女かよくわからない幽霊は、未練がましく見つめるだけで何も言わない。

「あなたは、ぼくの先祖なの?」

反応なし。

「ぼくに怨みがあるの?」

反応なし。

「迷って出てきたの」

微動だにせず。

「じゃあ、ぼくは行くから。用がないんだったら出てこないで欲しいよ、まったく」

ぼくは幽霊に怖がっていない自分に心の中で拍手しながら、その場を後にした。

場面が変わって、ぼくはみんなとバーベキューをしている。みんなとは職場の同僚だ。

和気藹々とみんなよく食べ、よく飲み、よく笑っていた。

でも、一つだけ普通じゃないのは、みんなそれぞれ刃物を持っているってことだ。かくいうぼくも、右の

ポケットにナイフを隠しもっているのだが、それがさっきからずり落ちてきて、ポケットから飛び出しそ

うになっている。

準備は整った。みんなで示し合わせての殺しだ。なぜだかわからないが、奴は殺されなければならない。

では、誰が先陣をきるのか。みんなで目配せして溝口が行くことになった。しかし、彼が持っているのは

菜切包丁だ。あんなので、ヤレるのか?

そんな心配は無用だったようで、溝口は標的に突進し、菜切包丁を背中に突き立てた。のけぞるあいつ。

「うおおおおおお!」と獣のような咆哮を発し、もがいている。

そのとき気づいた。あいつがあの幽霊だ。あいつ、このことを言いたかったのか。