「本が好き!」の献本である。
本書の解説の冒頭で千街昌之が警告している。『本書は、血のつながった家族のあいだで行われた虐待とそれを発端として十数年後まで尾を引く悲劇の物語である。読者には、この地獄から目を背けない覚悟が必要とされる』と。しかし読了した今、この警告はいささか誇大広告の気味があると言わざるを得ない。
確かに本書には、家族という名のもとに行われる正真正銘の地獄が描かれている。絶対君主として君臨し魔王のごとき邪悪さと狡猾さで妻子を恐怖のどん底に落とした最悪の父親。抵抗する術をしらず、その魔王の言いなりに成らざるを得なかった妻と娘たち。DV、近親相姦という忌まわしい行為が語られ、尚且つそれを上回る残酷な行為までが描かれる。
だが、本書は主人公が緩衝役としてクッションの役割を担っているので、それらの地獄がストレートにこちらに伝わらない構造になっているのだ。
簡単に紹介してみよう。
亡くなった母の遺品整理をしていたエミリーは、その中に見知らぬ女性モーリーン・シャンドの日記帳を見つける。なぜ母がこんな日記を持っていたのか?興味をおぼえたエミリーは日記を読んでみるのだが、そこに書かれている記述に違和感をおぼえ、この女性について調べるうちに18年前に起こった殺人事件のことを知るにいたる。モーリーンの姉にあたるシーラが実の父であるレズリーを猟銃で射殺したというのだ。そして、どうやらこの不幸な家族が自分の親戚筋にあたるとわかったエミリーは、いまも生きているこの家族に接触を試みるのだが、それと同じくしてエミリーの身辺にも不審な出来事が多発することになる。いったい終息している事件の陰にどんな真実が隠れているというのか?
ストーリーの導入部は、こんな感じである。また、エミリー自身も複雑な家庭環境で育っており、家族の問題として癒されぬ大きな心の傷を負っているのも本書の特徴で、『代理ミュンヒハウゼン症候群』というこれまた忌まわしい事実が語られる。
だがそんなダークな面ばかりを強調してきたが、最初に断わったように、本書から受ける印象はそれほど悲惨なものではない。人々の思惑が絡まり、嘘と嘘が相乗し、大いなるヴェールに包まれた謎が解き明かされるミステリとしてのおもしろさと、主人公エミリーの前向きでポジティブな性格によって、救われている部分が大きいといえる。
本書の作者もイギリス人だし舞台もイギリスなのだが、どうもぼくは本書を読んでいる間この物語の舞台がアメリカであるように思えてならなかった。別にこれが、どうのこうのいう事でもないのだが、我ながら不思議な感じだったので書いておく。
とにかく現代ミステリでありながら、どっしりと読み応えのある本書は多少のバラつきはあるにしても好感のもてる本だった。なにより希望のもてるラストが良いではないか。