読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2013-01-01から1年間の記事一覧

西崎憲 編訳「短篇小説日和 英国異色傑作選」

本書には20もの短篇が収録されている。さすが西崎憲、ディープなセレクトに唸ってしまう。恥ずかしながら、ぼくはここに紹介されている作家の半分以上は未知だった。こういうアンソロジーの愉しみはそういった未知の作家の作品に出会えるところで、こうや…

ハドリー・チェイス「ミス・ブランディッシュの蘭」

チェイスが本書によってデビューしたのは戦前のこと。ハメットによってハードボイルドが生みだされ、丁度チャンドラーが「大いなる眠り」を発表した頃だ。よって、チェイスは英国初のハードボイルド作家となった。本書はそういうなんとも古臭い本なのである…

アガサ・クリスティー「春にして君を離れ」

急病になった娘を見舞うためにバグダードに小旅行に出たジョーン・スカダモアはその帰路、トルコ鉄道の終着駅であるテル・アブ・ハミドで足止めを食ってしまう。天候不順のため列車が到着しないのだ。しかたなく彼女はそこの宿泊所で列車が到着するまで逗留…

舞城王太郎「キミトピア」

前回の「短篇五芒星」の感想で少し不満だと書いたのだが、今回は大変満足いたしました。だって本書には読み応えのある短篇が7篇も収録されているのだ。タイトルは以下のとおり。 「やさしナリン」 「添木添太郎」 「すっとこどっこいしょ」 「ンポ先輩」 「…

仁賀克雄「ロンドンの恐怖―切り裂きジャックとその時代」

切り裂きジャックの事件が起こってから、もう百年以上たっている。そんなに昔の事件なのに、いまだにそのミステリは人々を惹きつけてやまない。ぼくも、この事件のことは知っていたが、詳細まではわかっていなかった。そんなぼくでも本書を読了していっぱし…

高橋克彦「総門谷」

この本って最近読まれてないの?こんなに凄い本てそうそうないよ?何してるの、みんな読まなきゃ。これって日本が誇る傑作伝奇小説なのだ。あの半村良の「石の血脈」に匹敵する面白さなのだ。ってか、最近じゃ「石の血脈」も読まれてないか?伝奇小説自体も…

スティーヴン・キング「ビッグ・ドライバー」

本書と先に刊行された「1922」の元本である「Full Dark,No Stars」のコンセプトが「不愉快で手厳しい」物語だとキング自身があとがきの中で洩らしているが、今回の二編もさほど厭な気分は味わえなかった。しかし、それは置いといてやはりキング、ストー…

皆川博子「少年十字軍」

神の啓示を受けた羊飼いの少年エティエンヌはエルサレム奪還の為、かの聖地を目指す旅に出る。当初彼に従った者は数人の子どもたち。しかし、その行軍は世間の風評と共に次第にふくらみ百人以上の大所帯となっていった。彼らをとりまく聖職者や陰謀をめぐら…

飛浩隆「象られた力」

SFを読む喜びって色々あると思うけど、得てしてそれがネックとなって敬遠している人も多いのだろと思う。ぼくの認識では基本的にSFってホラ話なんだよね。いかにしてありえない話をいかにもっともらしく語り通してくれるか。それがSFの基本でありルー…

平山夢明「暗くて静かでロックな娘」

本書は前回の「或るろくでなしの死」で感じたわずかな不満をきれいに払拭する短編集だった。本書には10編の作品が収録されている。タイトルは以下のとおり。 「日本人じゃねえなら」 「サブとタミエ」 「兄弟船」 「悪口漫才」 「ドブロク焼場」 「反吐が…

ジュリアン・バーンズ「終わりの感覚」

若くして自殺した友。過去の記憶として頭の片隅にしまわれていたその事実がある出来事がきっかけでまったくちがう様相を見せる。 本書は中編といってもいいような短さの作品なのだが、これほど集中力を使って真剣に行を追った本もめずらしいといえる。 主人…

ジョイス・キャロル・オーツ「とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢」

ジョイス・キャロル・オーツは、多作にも関わらず日本での紹介が行き届いていない、かわいそうな作家だ。彼女の短編集にしたって18年前に刊行された「エデン郡物語」が一冊あるだけで、小説に限ればその他はYA作品と何冊かの長編があるだけだ。もっとも…

間違いの悲劇

オドトゥは真っ白で青い目、ピンクの耳がいつもピンと立っている。長い尻尾をふりふりしながら優雅に歩くさまは気品にあふれている。 変わってブロンコは黒く金色の目がいつも鈍く光っている。短く切られた尻尾はまるでコブのように盛り上がり、音もなく獲物…

三津田信三「のぞきめ」

ホラーとミステリの融合を模索する三津田信三の新作である。単独の作品で体裁としては作者である三津田氏が編集者時代から蒐集していた怪談の中から、発表を見合わせていたといういわくつきの話があるという導入部で幕を開け、その怪談がそれとは別に紹介さ…

アガサ・クリスティー他「厭な物語」

よくぞ刊行してくれました。こういうテーマのアンソロジーだったら、もっともっと読んでみたい。これパート2、3もアリでしょ。実のところ翻訳小説好きにしたら、これだけ収録されていてこの薄さってのはあり得ない。でも、翻訳ミステリー大賞シンジケート…

ジョン・ソール「暗い森の少女」

ジョン・ソールはひととき刊行が相次いだことがあって、調べてみたらいままでで二十三冊も刊行されているらしい。本書は彼の処女作であり、救いのない話に定評のあるソール誕生の一冊なのである。 忌まわしい伝説、呪われた森、消えた子ども、心を閉ざした少…

ジョナサン・フランゼン「フリーダム」

善にあふれていたとしても、真面目で嘘が嫌いで悪を心底憎む人だったとしても、人は間違った道を選ぶことがある。常に正しい道を選ぶなんてことは到底不可能な話で、人は間違いを犯し、それを乗りこえながら日々を生きてゆくのである。人生のあらゆる場面で…

柚木麻子「私にふさわしいホテル」

作家として世に出る野望に満ちた三十路の女性が主人公。彼女は三年前にあまりメジャーでない文学新人賞でデビューしたものの同時受賞したアイドル女優が注目を浴びたため、目立たぬ扱いを受け一ヶ月後には本を出した女優とは対照的にいまだにくすぶったまま…

月村了衛「機龍警察 暗黒市場」

このシリーズも本書で三冊目。前回は三人いる龍機兵搭乗員のうちアイルランド出身の元テロリスト、ライザ・ラードナーの過去が語られていたが、本作はロシア出身のユーリ・オズノフの過去が語られる。構成的には前回も今回もまったく同じだから目新しさはな…

百田尚樹「永遠の0」

本書「永遠の0」はベストセラーになって、読んだ人の誰もが感涙の作品だといっているので読んで見る気になった。解説はあの児玉清氏だしね。児玉氏の解説も感謝カンゲキ雨あられみたいな調子で凄いプッシュの仕方で更に期待をあおってくれたしね。 本書のタ…

スティーヴン・キング「レギュレイターズ」「デスペレーション」

この二冊の本が刊行されたのは1998年。もう15年も前だね。一昔だ。このころキングはリチャード・バックマン名義で何冊かの本を書いており、この二冊も「レギュレイターズ」がバックマン、「デスペレーション」がキング名義で刊行された。この二冊が面…

村上春樹、安西水丸 「日出る国の工場」

工場は楽しい。ぼくは工場でラインにそってモノが作られてゆく過程を見るのが大好きだ。料理を作る過程を見るのも大好きだが、それに劣らず工場見学も大好きなのだ。 そこには必ず新しい発見がある。小学校の頃、コカ・コーラの工場に社会見学に行った。その…

ヘレン・マクロイ「小鬼の市」

ヘレン・マクロイは、読んでみればかなりおもしろいミステリを書く人だなといつも感心するのだけれど、イマイチ日本での紹介が系統だってないのでよくわからない部分があった。本書にしても、既に紹介されている「暗い鏡の中に」や「幽霊の2/3」そして「…

丸谷才一「笹まくら」

小説の方法論なんて大上段にぶちかます気はないが、本書を読めばその手法に刺激を受けて、どうしても小説の在り方に思いを馳せてしまう。 本書はそれほどに凄い読書体験をもたらす。この数行を読んでいったいどういう事だと思われた方もう少しお付き合いいた…

ドクター・アシルスの欺瞞

世界はどんよりした灰色の風船の中だった。朝の通勤時間はいつもならもっと気がせいているのに、今日はこの曖昧な天気のせいかすごくゆったりした気持ちだ。ぼくは高架下の幹線道路を南に向けて車をはしらせており、次々と通りすぎてゆく高架橋の真っ白なコ…

ジェイムズ・ボーセニュー「キリストのクローン/覚醒(上下)」

長くて壮大なシリーズが幕を閉じた。前二作で未曾有ともいうべき大スペクタクルな地球規模の天変地異を体験し、疲弊しきった状態でこの最終巻にたどりついた読者はさらに打ちのめされることになる。 この巻の一つ前の巻「キリストのクローン 真実」でぼくた…

卯月妙子「人間仮免中」

噂をきいて、とうとうこの漫画を読んでしまった。ぼくは本書の著者である卯月妙子さんのことはまったく知らなかった。カルト的人気を得ていた企画物の伝説的AV女優だったということも、統合失調症で自傷と殺人の欲求に悩まされ7回も入退院を繰り返してい…

泉鏡花「草迷宮」

セラミックの夢しかり。あわい夢でなく、熱病でうなされた時にみるような、追いかけられる夢。 時が澱み、いつも霞がかかっていて、とりとめのない思い出だけが過ぎてゆく。 ただよう匂いは、焚き火の匂い。 少し焦げ臭いが、どこか懐かしく心おちつく匂い。…

山田風太郎「柳生十兵衛死す(上下)」

ぼくがもっている十兵衛像というのは、風太郎忍法帖で培ったものである。愛すべき人物だ。山田氏も愛着があるのだろう。なんせ、彼を主人公に三つも長編を書いているのだから。 本書はその柳生十兵衛トリロジーの最終巻なのである。 だが、そんな特別な存在…

丸谷才一「樹影譚」

たとえば、人は常に考えているものだ。それは些細なことから重要なことまで千差万別だが、大なり小なり頭の中では思考が渦巻いている。それは眠っている間にも夢をみるという形で行われているから、ほんと頭の中というのはちょっとした宇宙なんだなと思う。 …