よくぞ刊行してくれました。こういうテーマのアンソロジーだったら、もっともっと読んでみたい。これパート2、3もアリでしょ。実のところ翻訳小説好きにしたら、これだけ収録されていてこの薄さってのはあり得ない。でも、翻訳ミステリー大賞シンジケートに寄稿された「アンソロジー『厭な物語』ができるまで(執筆者・文藝春秋 @Schunag)」によるとコンセプトとしてこのアンソロジーを編む際に
・薄い本にする。
・作品の質を最重要視する。
・ターゲットは翻訳作品を読んだことのないひと。
の三点を重要視したということで、とにかく翻訳離れしている人へ向けてアプローチされているというところから出発しているから、これは仕方がないことなのだ。だから11編も収録されているのに総ページ数287ページとアンソロジーとしてはとてもコンパクトにまとまっている。なるほどこの薄さならたとえ翻訳物に馴染みのない人でも、わりと気軽に手にとることができるんじゃないかと思う。
本書がどれだけ売れたのかはよくわからないが、概ね好評だと思う。だからもし第二弾が出るのなら今度はもう少し読みごたえのあるラインナップでお願いしたいところだ。
で、本書の内容なのだが、かなりバラエティに富んでいて楽しめる。収録作は以下のとおり。
「崖っぷち」 アガサ・クリスティー
「すっぽん」 パトリシア・ハイスミス
「フェリシテ」 モーリス・ルヴェル
「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」 ジョー・R・ランズデール
「くじ」 シャーリイ・ジャクスン
「シーズンの始まり」 ウラジーミル・ソローキン
「判決 ある物語」 フランツ・カフカ
「赤」 リチャード・クリスチャン・マシスン
「言えないわけ」 ローレンス・ブロック
「善人はそういない」 フラナリー・オコナー
「うしろをみるな」 フレドリック・ブラウン
なんだかんだ言っても、この中で既読は「すっぽん」だけなのだ。だから楽しめたのには変わりない。好みからいえば、この中でいちばん厭な気持ちになったのはオコナーの「善人はそういない」だ。この救いのなさはなんだろう?オコナーは短編集を一冊読んだだけだが、あの時もかなり衝撃が強かった。最悪の物語だ。南部作家としてだけでなく話自体もよく似た印象をうけるランズデールの「ナイト・オブ~」も最悪な話だが、こちらはさほどショックは受けなかった。最悪な話に変わりはないんだけどね。マシスンの「赤」も4ページと非常に短い作品なのに一気に地獄へつき落とされるかのような絶望を味わえる逸品。ブロックの「言えないわけ」は、とてもシンプルな骨組みの作品で、話の展開は誰もが予想できると思う。でもその予定調和が寸断される不安定さが読みどころなのだ。ルヴェルの「フェリシテ」は厭な後味よりせつなさが強く残った。これは翻訳の雰囲気によるところが大きいのだろうね。クリスティとソローキンの作品はあまり好きじゃない。特にソローキンは話題にもなっていて好評をもって受け入れられているが、ぼくはその良さがまったくわからない。ここに収録されている作品もあまりにもノーマルな展開が鼻についた。これはぼく自身がひねくれているからなのかもしれない。そういった意味ではジャクスンの「くじ」も通じるものがある。これもいたってオーソドックスな話でヒネリもどんでん返しもなく、予想のままの展開になってしまう。その点カフカの「判決 ある物語」は話の歪み具合が絶妙な作品。どこで間違った方向へ向かったのかわからない。解説の後にまた登場する異色の配列となったブラウン「うしろをみるな」は、なるほど上手い話の展開だ。ちょっとゾワッとしたもんね。
というわけで、このアンソロジーなかなか楽しめた。ぜひ第二弾もお願いしたいところだ。
ここでぼくなりに制約を考えないで好き勝手に「厭な物語」を編んでみた。以下のとおりである。
「仔羊の血」 ピエール・ド・マンディアルグ
「蝶々」 イアン・マキューアン
「砂と廃墟と黄金の地で」 ディヴィッド・ラングフォード
「母の恋人」 ジュリー・オリンジャー
「雑草」 ジャック・ケッチャム
「生きている死者」 ローリー・リン・ドラモンド
「ウォッシュ」 ウィリアム・フォークナー
「亀裂の向こう」 トム・リーミイ
「カーフォル」 イーディス・ウォートン
「食う者、食わせる者」 ニール・ゲイマン
「トリッジ」 ウィリアム・トレヴァー
「どんづまりの窮地」 スティーヴン・キング
選出するにあたってこういうアンソロジーには絶対選ぶでしょうっていう定番のブッツァーティの作品は敢えて外した。カーシュの「ブライトンの怪物」、シャーロット・パーキンズ・ギルマン「黄色い壁紙」もディヴィッド・J・ショウ「聖ジェリー教団VSウォームボーイ」も割愛した。ちょっと後味悪すぎになっちゃうかと思ったので。