読書の愉楽

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皆川博子「少年十字軍」

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 神の啓示を受けた羊飼いの少年エティエンヌはエルサレム奪還の為、かの聖地を目指す旅に出る。当初彼に従った者は数人の子どもたち。しかし、その行軍は世間の風評と共に次第にふくらみ百人以上の大所帯となっていった。彼らをとりまく聖職者や陰謀をめぐらす大人たち。純真な子どもたちの奪還の旅はどんな結末をむかえるのか?

 

 これは史実だ。12~3世紀の十字軍遠征が盛んだった頃の話。圧政や貧しさに苦しむ庶民の心のよりどころはまさに宗教しかなかった。神を信じることで我が身を慰め、神にすがることで死後の安寧を願った。そういった神が絶対だった時代に起こるべくして起こったこの事件をジュブナイルとして描いたのが本書「少年十字軍」である。

 

 しかし、読んでみればこれは少し期待はずれだった。さまざまな登場人物が絡まりあい物語はどこに向かうのかわからない。史実として結果はわかっているが、それでもやはり行く先が見えないのは一緒だ。だが、その興味は持続するとしても多くの登場人物の活躍が宙に浮いた感じがしてしっくりこなかった。思惑が錯綜し、今日の味方が明日の敵になる。そういった術数が描かれたとしてもそこにクリティカルな効果はあらわれない。なぜなら、各々の役割が際立たず含みが含みのまま温存され開花しないからだ。

 

 これは残念だ。話としては充分魅力的であり先へ先へと引っぱっていかれるのだが、悲しいかな精彩がない。落ちついた筆勢、無駄のない描写、的確な言葉の選択と小説の出来栄えとしては本書は完璧だ。だが、ぼくが思うにこの物語にはこれだけの紙幅では足りなかったのではないか。だからほんのさわりの部分を読んだだけのような印象しか残らなかったのだと思う。

 

 大好きな皆川博子作品ゆえ、思ったままの感想を正直に書いた。個人的にはもう見境ない大ファンなので彼女の本を所有しているだけで幸せなのだ。これからも未読の作品はどんどん読んでいきますよ。