読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

飛浩隆「象られた力」

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 SFを読む喜びって色々あると思うけど、得てしてそれがネックとなって敬遠している人も多いのだろと思う。ぼくの認識では基本的にSFってホラ話なんだよね。いかにしてありえない話をいかにもっともらしく語り通してくれるか。それがSFの基本でありルーツなのだと思っている。

 

 このありえない話(=現実的でない話)というものに嫌悪をしめす方は結構いるみたいで、そんなものは子ども向けの空想物語だとか、現実に起こりえない話のどこに魅力があるんだ?なんていって見向きもしない人も多いようだが、それは間違ってます。だって、SFを読んでいる人はここに紹介する本書のような素晴らしい本に出会えるんですから。

 

 というわけで、遅まきながら(文庫初版2004年)この日本が誇るSFの傑作集を読んでみたというわけ。本書には四つの物語が収録されている。タイトルは以下のとおり。



 「デュオ」

 

 「呪界のほとり」

 

 「夜と泥の」

 

 「象られた力」



 まずね、巻頭の「デュオ」で早々と心をもっていかれちゃうわけですよ。未読の方のために詳細は語らずにおきますが、かつてこれほど心揺さぶられる不気味で美しい話があったかと畏怖にも似た感情に包まれてしまうんです。ぼくが敬愛する皆川博子の短編にも似た硬質で研ぎ澄まされた洗練の極みともいうべきこの腐臭を放つ傑作を読めば、必ず誰もが完全にノックアウトされてしまうはず。ラスト近くの鮮やかな反転も読みどころだし、言葉のチョイスから世界構築のセンスから、クールさとは正反対の生々しい演出まですべてにおいて突出したこの中編にどうかひれ伏して欲しい。

 

 次の「呪界のほとり」は大きな物語のほんの触りの部分という感じの短編。こちらは丸々全部センス・オブ・ワンダーの世界そのままで、「デュオ」とはかけ離れた物語に少し戸惑ってしまった。それでもSFとしての魅力あふれるガジェットと確かな世界観は、読む者の目をグイグイ惹きつけてはなさない。

 

 そういった意味では次の「夜と泥の」も、まるで見たことのない世界を構築して秀逸。やはりSFは、この見たことのない景色をどれだけ読者に印象深くアピールするかが大切なのだ。ホラ、映画でも度肝を抜かれる場面てのはストーリー自体を忘れてしまっていても、いつまでも心に残り続けるでしょ?それゆえに多くの人の記憶に刻まれ続けるんだと思うんだよね。ここで描かれる泥沼に現れる可憐で美しい少女のイメージは必ず読んだ者の記憶に残り続ける名場面だ。後半の反転の驚きと共にね。

 

 見たこともない世界といえば、表題作の「象られた力」で描かれる図形言語という概念も群を抜いたイメージで読者に迫る。図形がもたらす形の力。エンブレムの持つ目に見えない喚起力。こういう事を思いつき、それがまかり通る世界を構築するところにSF作家の真価が問われる。もう完全に脱帽だ。ラスト近くの怒涛の展開と、その後に続くページがめくられたかのような鮮やかで印象的なエピローグ。未曾有の悲劇が新しく書き換えられてゆく快感。本当にこの作家は確固たる地盤に建つ堅牢な城塞のような完璧な作品を書く人だと思う。ただただその威容の前にこうべを垂れることしかできない。この心服を多くの人と分かち合いたいものだ。

 

 どうか未読の方は本書を読んでみて欲しい。そしてぼくと一緒に彼の前にひれ伏して欲しいのである。