本書には20もの短篇が収録されている。さすが西崎憲、ディープなセレクトに唸ってしまう。恥ずかしながら、ぼくはここに紹介されている作家の半分以上は未知だった。こういうアンソロジーの愉しみはそういった未知の作家の作品に出会えるところで、こうやって選出されているわけだから、少なくともアンソロジストの琴線には触れているわけで、そういうある意味特別な作品をまとめて読めるところに醍醐味があるのだ。
だが、ぼくは本書を読んで最初のうちはあまり興がのらなかった。というか、最後のほうまでなんか辛気臭い作品ばかりだなという気分で読んでいた。ところどころで、おっ!と思う作品はあったのだが総じて曖昧な印象が強かった。だが、それが最後に配されているアンナ・カヴァン「輝く草地」を読んで見事にひっくり返された。この作品は、そのイメージの換気力が並外れて凄い作品で、それは読んでもらわなければ納得してもらえないし、ぼくはそれを的確に伝える術をしらない。だが、この作品は一度読めばそのイメージが死ぬまでココロの中から消えさることのない作品なのだ。まさにタイトルそのままの『輝く草地』が登場し、それが頭の中を覆いつくし柔らかな強迫観念となって巣食ってしまう。これは凄い作品だ。紙一重のバランスで描かれた傑作だ。そして、これを読んだことによって今までくすぶった印象でしかなかったそれまでの作品たちがカードがめくられるように鮮やかで素晴らしい印象に変わったのだ。
ぼくの個人的な印象でしかないのだが、最後の最後でこんなに鮮やかな転換を経験した本はいまだかつてなかった。長編作品ならそういうこともあるが、これは短篇集であって、しかもアンソロジーなのだ。
本書に収録されている作品たちは普通の日常を描いたいわゆるスケッチ風の短篇ではない。奇妙な展開や、謎に対する曖昧さや不安が描かれ、ある意味ニューロティックでもあり不穏でもある作品ばかりが収録されている。そのすべてを象徴的に描いているのがエイクマンの「花よりもはかなく」だ。これは振り返って我にかえるような作品で、真相が隠されているからこそ印象深い作品なのだ。逆にすべてが明解になるものもあって、児童書「まぼろしの白馬」で有名なエリザベス・グージの「羊飼いとその恋人」はなんのヒネリもない展開ながら、ラスト一行の鮮やかさが素晴らしく効果的な作品だった。
というわけで、ここに収録されている作品群は一癖も二癖もあるものばかりで、いったい最初の印象はなんだったんだと言いたくなるほどの逸品揃いなのである。
どうか未読の方はじっくりゆっくり読んでいただきたい。本書はそういう本なのだ。