読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

舞城王太郎「キミトピア」

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 前回の「短篇五芒星」の感想で少し不満だと書いたのだが、今回は大変満足いたしました。だって本書には読み応えのある短篇が7篇も収録されているのだ。タイトルは以下のとおり。



 「やさしナリン」

 

 「添木添太郎」

 

 「すっとこどっこいしょ」

 

 「ンポ先輩」

 

 「あまりぼっち」

 

 「真夜中のブラブラ蜂」

 

 「美味しいシャワーヘッド」



 舞城ワールドというのは確かに存在していて、それは言うまでもなくその作家自身が纏っている雰囲気で、たとえば同じ作曲家がつくった曲がそれを聴いただけで誰の手になるものかわかってしまうように、舞城くんの作品はたとえ作者名を伏せられていたとしてもぼくには百発百中で当てる自信があるくらい慣れ親しんでいるのだが、それでもぼくはこの作家が好きで好きでたまらなくて飽きるということがない。

 

 しかし、この作風は賛否を巻き起こすに充分な要素をもっていて、逆にいえばそれは突き抜けたオリジナリティと位置づけられるのだが、それゆえに彼の作品は気に入った者には堪らない魅力を放つが、受け入れられない者にとっては鼻クソほどにも評価されない。でも、ぼくはそれがいいと思っている。そりゃあ作家本人にしたらもっとメジャーになって東野圭吾宮部みゆきみたいに売れまくったほうがいいのかもしれないが、ぼくは彼のスタンスはそこにないと勝手に願っている。自分の信じる世界を発信し続ける舞城くんでいて欲しいのだ。

 

 彼の作品を読むたびにぼくはワクワクする気持ちを抑えられない。彼の作りだす世界は巧妙にシンメトリーだ。幸と不幸、正と邪、喜びと悲しみ、そういった相反する要素が同時に描かれそれが感情の起伏を呼びおこす。軽い翻弄だ。そして、その中に彼は真っ当なメッセージを練りこんでゆく。信じることの素晴らしさ、愛することの喜び、生み出すことの幸せ、よく考えることの正しさ、やさしさへの信頼。そういったあたり前で気恥ずかしくなってしまうような事柄を舞城くんはコミュニケーションのツールとして頻繁にもち出してくる。理不尽に殺される少年たちや、ホラーめいた展開の中に存在するそれらの正統なツールは、読む者を不安から安堵へと導いてゆく。単純だけどぼくはそこに大いなるカタルシスを感じるのだ。

 

 おっと、長々と舞城くんへのラブレターを綴ってしまった。本書の内容に一言も言及していないではないか。でも、奇特にもこの文章を最後まで読まれてまだ舞城作品に接したことのない方がおられたとして少しでも興味を惹かれたなら、ぜひ読んでみていただきたい。おそらくあなたは舞城くんの描く世界が好きになるに違いない。ぼくはそう信じているのであります。