読書の愉楽

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スティーヴン・キング「ビッグ・ドライバー」

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 本書と先に刊行された「1922」の元本である「Full Dark,No Stars」のコンセプトが「不愉快で手厳しい」物語だとキング自身があとがきの中で洩らしているが、今回の二編もさほど厭な気分は味わえなかった。しかし、それは置いといてやはりキング、ストーリーの面白さは抜群で、そのページターナーぶりは目をみはるものがある。

 

 本書に収録されている二編は、どちらも犯罪を描いている。表題作である「ビッグ・ドライバー」は、ある地方都市に講演に出かけた女流ミステリ作家が、その帰路で醜悪な殺人レイピストに出会い暴行を受けてしまうという話。まえに読んだ短編集「夕暮れをすぎて」に収録されていた「ジンジャーブレッド・ガール」も連続殺人鬼に追い詰められる女性を描いた作品だったが、今回は被害者である女流作家が予想外の反撃をくりひろげるというお話。正直いって、この主人公の女性の性格には納得できない部分が多々あるのだが、それを補ってあまりある面白さだった。展開がはやく、まだ終盤になってないのに一定の決着を迎えてしまうので驚く。いったいその後にどんな展開があるんだ?とさらにページを繰る手がはやまるという寸法だ。

 

 次の「素晴らしき結婚生活」は、長年連れ添ってきた最愛の夫が連続殺人鬼なのかもしれないという疑念が発端となるサスペンス。こちらは実際にあった事件をモデルにして書かれたらしいが、そこはキングのこと、予想もつかない結末に向って巧みに物語を紡ぎあげてゆく。実のところ、自分の伴侶が犯罪者(しかも万死に値する冷酷な殺人鬼)だったりしたらなんて想像は、あまりにも途方もない設定なので冷静にシミュレートなんてできないのだが、キングはそれを克明に描いてゆくのだ。主人公である女性の気持ちの整理のつけかた、そして決着のつけかたはそれが唯一の答えであるかの安定感でもって読む者の胸に迫る。ここらへんの行動原理を描かせたらキングは天下一品なのだ。少し首を傾げたのは、いつもこなれた文章で翻訳されている風間氏の翻訳が少しわかりづらかった事。同じ行を何度も読み返すことが数回あった。めずらしいことだ。

 

 というわけで中編集「Full Dark,No Stars」の後半である本書は前回の「1922」よりも読み応えがあって面白かった。残念なのは、あまりにも面白いのですぐ読み終わってしまうことだ。こうなると、ドーンと分厚いキングの長編を読みたくなってくる。そしてそのウズウズする気持ちを見計らったように本書の解題でキングの最新作情報が載っているという寸法だ。

 

 その中でも注目なのはケネディ大統領の暗殺の阻止を描くタイムトラベル物の「11/22/63’」。そしてこれが大興奮の、あの「シャイニング」の続編だという「Doctor Sleep」。どちらも文藝春秋から刊行されるらしい。他にもあるようだが、とにかくぼくはこの二作がはやく読みたくて仕方がない。ああ、キングよ、どうしてあなたはこんなにも悩ましいのだ!