読書の愉楽

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百田尚樹「永遠の0」

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 本書「永遠の0」はベストセラーになって、読んだ人の誰もが感涙の作品だといっているので読んで見る気になった。解説はあの児玉清氏だしね。児玉氏の解説も感謝カンゲキ雨あられみたいな調子で凄いプッシュの仕方で更に期待をあおってくれたしね。

 

 本書のタイトルになっている『0』とは零式艦上戦闘機、通称零戦のことだ。日中戦争から太平洋戦争にかけて活躍した日本を代表する戦闘機で、太平洋戦争の初めの頃は世界一の性能を誇っていた。

 

 その零戦の搭乗員であり、特攻で亡くなったという祖父のことを調べようと姉弟が動き出すところから物語は始まる。弟は司法試験に四度も落ちて、目標を見失い定職にも就いていない二十六歳の青年。姉は自分の本を出すことを夢みるフリーのライター。この二人が実の父の事を何も知らされていない母のために特攻で死んでいった祖父のことを調べることになる。戦友会を通して60年前の戦争時代の祖父を知る人たちをたずねてゆく姉弟の前にあらわれた祖父の実像は、しかし思ってもみないものだった。

 

 ここで語られるかつての戦争の話は実際にあったことだけに胸を押しつぶされるかのような激しい感情を巻きおこす。それは日本という国が陥った戦争という泥濘の中で理不尽に消費されていく個の命の慟哭が渦巻いているからだ。祖国のために、愛する人たちのために、必ず死ぬとわかっている特攻に笑顔で散ってゆく男たち。死にたくないとは決して言えない封建的な軍の組織。強制的に従わざるを得ない特攻任務。必ず死ぬとわかっている任務につく気持ちとはどんなものなのだろうか。滅私とか殉教者精神とか美化されたように言われても、それはあまりにも理不尽な要求だ。死にに行けと言われるなんて、自殺を要求されているのと同じなのだ。そんな馬鹿な話があるものか。君たちが特攻で散華したあとに、私たちも必ず後を追う。そう言いながら上官たちはまだ若い士官たちに特攻を強要した。だが、彼ら上層の人間が特攻することは絶対になかった。人間の命を将棋の駒のように扱う日本軍のあまりにも無謀な戦略に虫酸がはしる。

 

 ぼくは本書を読んで、そういった理不尽な戦争に弄ばれながらも、男としての矜持を保ち、武士道にも通じる強靭な精神力に支えられた真の勇者の姿に感動をおぼえた。敵味方の別なく、敬意を表する彼らの姿に感動をおぼえた。そこには真の人間の尊厳がもっとも美しく厳かにあらわれていた。

 

 はっきりいって、本書のメインストーリーはあまり感心しない出来なのだ。かつての戦友たちの証言によって徐々に明かされてゆく祖父、宮部久蔵の秘密は思っていたよりも杜撰な印象だった。そこに介在する様々な要素はあまりにも都合の良い因果関係を結び、真相は曖昧にボカされたかのような印象だった。

 

 しかし、それでもぼくは本書を読んで良かったと思っている。この中にはあの大戦で散っていった多くの若者たちの心の声が詰まっている。それを知るためだけでも本書は読まれるべきだ。

 

 どうかこの分厚さに臆せず本書を手にとってもらいたい。多くの人がこの事実を知っておくべきなのだから。