学生の頃、教科書に載っている短い小説を読むのが好きだった。授業とぜんぜん関係ない短編をこっそり読んで、またそういった短編に限ってなんだか心に残っていたりする。
横光利一の「蠅」も宮沢賢治の「なめとこ山の熊」もそういう状況で読んだ。なのに、同じ環境で読んだ鴎外の「高瀬舟」は、今回この本にも収録されていて再読したのだが、最後に『高瀬舟縁起』なる文章がついていて、この短編に元ネタがあったことが書かれていたのをすっかり忘れていた。ていうか、そんなの載ってたかな?ま、とりあえず収録作は以下の通り。
「無名の人」 司馬遼太郎
「ある情熱」 司馬遼太郎
「最後の一句」 森鴎外
「高瀬舟」 森鴎外
「鼓くらべ」 山本周五郎
「内蔵允留守」 山本周五郎
「形」 菊池寛
「信念」 武田泰淳
「ヴェロニカ」 遠藤周作
「前野良沢」 吉村昭
「赤帯の話」 梅崎春生
「凧になったお母さん」 野坂昭如
錚々たるメンバーですね。この中で読んだことがあったのは「高瀬舟」のみ。司馬遼太郎と遠藤周作はエッセイですね。さすが、どちらも読ませます。こういう興味をひく話が披露できるってとこに懐の深さがあると思う。日頃からいろいろ考えるから、こういう話ができるのである。作家って職業は因果なものです。あと、印象に残ったのは山本周五郎の「内蔵允留守」ね。時代物です。話の骨格はわかりやすくて、きっとそうなんだろうなと思うとおりに話が決着する。でも、それが快い。なんていうか潔くて爽やかで、春の陽ざしのようにあたたかい。心が落ち着く短編です。この感覚は「鼓くらべ」も同様です。他では「赤帯の話」が、シベリアの抑留体験をした人しか書けないと思われる作品で、戦争の悲劇を描きながらもそこに介在する人の優しさが描かれていて、なにもかもが救われる思いをする。
全体的に眺めれば読みやすく、すぐ読めちゃうのだが、道徳的な話や戦争の話など、普通に暮らしていれば決して遭遇することのない出来事が描かれる。それは、体験だ。そうやって事実を知ったり、物の道理を理解したり、運命の行き先を予想するようになったりするのである。そうやって、人はいろんな事態に対処する術を学んでゆく。本を読む人と読まない人の差はそこにあらわれるのではないだろうか。それがすべてではないにしても。
なんてことを考えたりした。だから、発端であってそれがきっかけとなって世界が広がってゆく。その窓口を担う役割として個々に集まる先達の作品は、それを十二分に果たしているのではないかと思うのであります。
