読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

君嶋彼方「君の顔では泣けない」

君の顔では泣けない (角川書店単行本)

 なんの予備知識もなく本書を読めば、だれもが『お?これって不倫の話?』と思う書き出しではじまる本書は、男女入れ替わりのお話なのである。

 その昔、このジャンルで大いに感銘を受けた作品があって、それは「オレの愛するアタシ」という本で筒井広志の作品なんだけど、これ一歩踏み込んだところまで書かれていて、アダルト版男女入れ替わり小説とでもいうべき本なんだけど、ここで感銘を受けたのが出産の場面なのだ。そりゃあ男性が書いているんだから、実際問題本当はこんなもんじゃないよっていう声もあるだろうけどこの出産場面しかり、あと男性がいきなり女性になったことで直面する困難、困惑などなど結構詳しく書かれていて、ほんと、このジャンルの決定版だなと思っていたのである。


 そこで本書なのだが、こちらもなかなか突っ込んで描かれている。原因はわからないがある日突然入れ替わってしまう二人。どちらも交友はなく、共通点といえば前日に二人してプールに落ちたことだけ。女性の身体を持ってしまった坂平陸。男性の身体になった水村まなみ。当然、信じられない出来事に直面して二人は非日常の対応を迫られる。この女性の身体を持った陸の語りでストーリーは進んでゆく。ここで本書が読ませるのは、このありえない状況に陥ってしまったあとの心理や行動を精緻にシミュレートしているところなのだ。

 陸が女性として目覚めた初めての朝、いきなり生理に直面する。最悪のスタートだ。辛い身体と信じられらない現実。彼は叩きのめされる。立ち上がるさまざまな問題。まったく違う人間として生きていかなければいけない苦難、元に戻れるのか?という不安、しかしパニックに陥りがちな陸に対してまなみはかなり冷静だ。その頼もしさに助けられて陸はなんとか新しい人生に漕ぎ出す。

 こういったありえない状況を精緻にシミュレートした作品で忘れられないのはH・F・セイント「透明人間の告白」だ。こちらはタイトルからもわかるように、透明人間になってしまったことによる困難や苦労をほんと細かくシュミレートしていてなかなか新鮮な驚きをもたらしてくれた。こういうありえない状況で起こるさまざまな出来事をその立場からリアルに書き込んでゆく手法は常に驚きと感動を与えてくれる。だから、読まされる。どんどんページが進んでゆく。


 しかし、しかしだ。ぼくは陸に自分を重ねてみてどうしても納得できない部分があった。もし、自分が女性の身体に入り込んで生きてゆかなければならなくなったとして、果たして男性を相手に恋愛や結婚できるのか?というところだ。いやいやいや、無理だ。嫌悪感しかない。でも、身体が女性になったら、そういう部分も女性化していくのだろうか?う~ん、あたりまえだけど、わからない。先ほど紹介した「オレの愛するアタシ」では、その部分はあまり気にならなかった。相手が入れ替わった自分だったからか?どうだったかよく覚えていない。

 ま、とにかくいろいろ思うことはあるけど、一読に値する本ではあります。