新潮文庫で最長だということだが、リョサの「緑の家」も結構分厚かったと思うんだけど、オブライエンの「カチアートを追跡して」も結構厚かったと思うんだけど、1000ページはなかったか、そういえばついこの間刊行されたジョゼフ・ノックスの「トゥルー・クライム・ストーリー」も分厚かったけど、1000ページはなかったな。
講談社文庫の京極夏彦は1000ページ超え当り前だったけどね。
というわけで、マット・ラフなのであります。以前「バッド・モンキーズ」の感想でも書いたが、この人ほんとジャンルにとらわれない変わった話を書く人で、本書もその例にもれない仕上りとなっている。
出だしからして、主人公はいきなり湖から引き上げられるのである。溺れていたところを助けられたんじゃないよ。彼は湖から生まれたというのだ。いったいなんのこっちゃなのだ。でもそこからは事情がだんだんわかってきて世界観が確立される。そうなったら、もう波に乗っちゃってスイスイ進んでゆきます。
ぼくはいままでこのテーマを扱っているのを読んだ経験ないんだけど、本書の主人公は多重人格なのだ。いまでは解離性同一性障害っていうんだっけ?昔ダニエル・キイスの「24人のビリー・ミリガン」を読みかけてすぐ飽きちゃってから、この手の話にはあまり近づかないようにしていたのだが、なんだか本書は気になったのだ。自分からするとまったく未知の世界だから、その成り立ちがなかなか腑に落ちないもんで、以前読んだマーク・ハッドンの「夜中に犬に起こった奇妙な事件」の時も、自閉症という未知の世界を自分の感覚と照らし合わせて読むというあまり経験したことのない読書体験をした。
本書もしかり。自分の中に数多くの人格がいて(性別も年齢もバラバラだ)それぞれの得手不得手があって、物事に対処する各人の役割があるなんて、ちょっとやそっとじゃ馴染めないでしょ?
でもそれが物語を追ううちに理解できてくる。というか当たり前になってくる。そうなると、もうあれよあれよという間にページが過ぎてゆく。
本書のオビに11ものジャンルが羅列して書いてあって、すべてがここに詰まってますなんて大袈裟に書いてあるけど、いやいやこれは煽りすぎ。読了してみれば、基本ボーイ・ミーツ・ガールのお話なのてあります。それにちょっと過去の秘密が関わってくるぐらいで、モダンホラーとか冒険小説とかノワールなんて要素は、これっぽっちも感じられません。
でも、これだけの長さをダレることなく、グイグイ読ませるんだから、おもしろいのは間違いないわけで、多重人格者の頭の中ってこんなことになってんの?という未知の世界を少しでも体験できたのかなと思える本書、読んでみて損はありませんとも。