読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

松本清張「水の肌」

水の肌(新潮文庫)

 

 五編収録。巻頭の「指」も表題作の「水の肌」も出来心などという安易な犯罪ではなく、自分の保身ゆえの計画的な殺人を描いている。ゆえにミステリの要は、いったいどうやってその犯罪が露見したのか?という部分に集約される。
 どちらの犯罪も些細な綻びから犯行が暴かれる。この場合、読者としてはその罪が暴かれるのを良しと思いながらも、なぜか犯人に肩入れしている部分がある。犯行の露見を恐れている部分が心の片隅にあるのである。やめてとめてバレないでと思っていながら、いやこれがバレないわけはない、絶対罪は暴かれると諦めている。

 清張の描くこういったミステリの構図は、クセになる。物事が犯人の思い通りになるわけがないとわかっていながら、その境遇を我が身になぞらえて恐怖を感じながらも、制裁は必ず訪れるとその諦めをカタルシスに変換しているのである。だから、読み終わったあとゾワゾワする。なんだか、自分の身に起こったことのように肩身が狭く追い詰められた恐怖の名残りが心をザワつかせる。まさに清張ミステリの醍醐味。倒叙ミステリとはまた違った歪んだ満足感である。
 
 さて、三編目の「留守宅の事件」は夫の出張中に一人留守番をしていた妻が殺害されるというあまり新味のない事件。清張お得意のアリバイ崩しものだ。ここで描かれる真相と五編目の「擬視」の真相は対になっている。どちらも妻が殺されているのだが、真相はそれぞれ反転し、鮮やかに覆される。また、その綻びが自然に過ぎるから上手いと膝をたたいてしまう。人間の行動心理を理解した上で導き出される真相ゆえなるほどと納得させられる。 

 四編目の「小説 3億円事件」は、副題に「米国保険会社内調査報告書」とあるとおり、あの大事件をアメリカの保険会社が再調査したという体裁の推理物。なぜアメリカの保険会社が出張ってくるのかというと、保険金を支払っているからである。そうかー、確かにそうなのかもしれない。そういうところに目をつける清張の着眼点に舌をまく。さて、清張流の推理は如何に?

 というわけで、やはり清張の短編は裏切りません。世に有名な短編に比べると小粒かもしれないが、それでもグイグイページを繰らせるおもしろさは健在なのであります。